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ボリーバル広場

ボリーバル広場にやってきました。この広場を中心に国会議事堂、ボゴタ市庁舎、最高裁判所、ラ・カテドラル(教会)が並んでいます。言わば「コロンビアの永田町」のような場所。ラ・カテドラルは1811年に建てられた石造りの教会で、「南北アメリカ大陸で最も美しい教会」と言われています。教会の左隣にある白い建物は「7月20日記念館」で、1810年7月20日にコロンビア(当時はヌエバ・グラナダ副王領)がスペインか...

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サンバルトロメ学院

セントロの中心部にはコロンビアの象徴であるボリーバル広場を囲んで重要な施設が並んでいます。写真は国会議事堂に隣接するコレヒオ・マヨール・デ・サンバルトロメ学院です。1604年に創設されたコロンビアで最も古い由緒ある学校です。徳川家康が江戸に幕府を開いた頃に出来た学校ですから、じつに400年以上もの歴史があります。コロンビアの初代大統領サンタンデール将軍の母校ですが、ボゴタは19世紀から学術や文芸が...

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緑のボゴタ

ご覧のようにボゴタは緑の豊かな街です。標高2600メートルという高地にありながら、赤道間近の熱帯に属するため、年中気候が温暖で、植物の繁殖に適した環境にあるためです。日本では車で行ける富士山の5合目でも緑はわずかですから、何とも不思議な光景です。...

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ボリーバルの窓

サンカルロス宮殿の周辺は、かつて独立戦争を戦った英雄シモン・ボリーバルの側近たちが多く住んでいました。そのボリーバルも敵が多く、独立戦争中は宿敵スペインの刺客に付け狙われ、独立後は政治的な対立から多くの敵に命を狙われ続けました。英雄の宿命ですが、ボリーバルは何度も暗殺未遂の危機を乗り切っています。中でも1828年9月25日に起きた暗殺未遂事件では、ボゴタに滞在していたボリーバルが暗殺者に襲われ、辛...

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コロン劇場とサンカルロス宮殿

土屋が泊まったホテルの隣は国立コロン劇場です。19世紀に作られた歴史の古い重厚な建物です。その向かい側にサンカルロス宮殿があります。かつての大統領府で、現在は外務省です。昔は外国からの賓客が泊まる迎賓館のような役目を果たしていて、正面のコロン劇場で観劇した後、サンカルロス宮殿に泊まる、というのがコロンビア流のおもてなしだったようです。...

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セントロの朝

セントロの朝です。コロンビア人は「朝型」人間が多いです。ボゴタは早朝5時頃から通りの交通量が増え始め、6時にもなるとラッシュが始まります。ボゴタには鉄道がなく、地下鉄を建設する計画が進んでいますが、市民の足はバスかタクシーに限られます。晴れている日は空気がカラッと乾燥していて気持ちいいのですが、アンデスの高地にあるため排ガスも凄いです。ところで、コロンビアはどの町に行っても同じ石鹸の香りがするので...

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セントロのホテル

この晩はセントロのホテルに泊まりました。このホテル、19世紀の初めに作られたものです。200年以上の歴史がある古い建物です。かつてここには独立の英雄シモン・ボリーバルの側近たちが住んでいました。そこに土屋が泊まれるなんて感無量です!ボゴタはスペイン支配下から475年の歴史を誇る非常に古い街です。日本の戦国時代に建てられた教会や建物があちこちに普通に残っています。地震が少なく、高地で火災も少なく、石...

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コロンビアの郷土料理

さて、腹が減ったのでセントロのちょっと高級なレストランに入りました。前菜は牛肉のカルパッチョ。寒い日でしたが、クラブ・コロンビアがうまい。メインはコロンビアの代表的な郷土料理、アヒアコです。アヒアコは鶏肉をジャガイモやトウモロコシなど沢山の具材とともに煮込んだシチューのような濃厚なスープです。好みでサワークリームをかけて食べます。ここのトウモロコシはとにかく大きく、日本のものとは味も違います。豆を...

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夜のセントロ

夜になっても冷たい雨が降り続きました。写真はボゴタ中心部のセントロ(旧市街)です。スペイン統治時代をしのばせる歴史の古い建造物が建ち並んでいます。ボゴタの街はセントロを中心に、北がノルテ、南がスールに分かれており、北に行けば行くほど高級住宅街が広がり、南に行けば行くほどスラム街が広がっていきます。かつては夜間、セントロをひとりで歩くなんて自殺行為でしたが、治安の改善で今は夜遅くまで多くの商店がにぎ...

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ボゴタのコーヒー

コロンビアと言えば何と言ってもコーヒーですが、この日、ボゴタは夕方から降り始めた雨で正直かなり寒い一日でした。標高2600メートルもの高さにありますから、降ってくる雨はとても冷たいです。日本でも有名な「フアン・バルデスおじさん」のコーヒーショップで熱いコーヒーを一杯。ちなみに南米では物価が安いと言われているコロンビアでも、ここ数年はじわじわと物価が上昇しつつあり、2年前に土屋が来た時はミネラルウォ...

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ボゴタに雨が降る

この日、ボゴタは夕方から雨が降りました。ボゴタの雨季は9月から11月ですが、近年は雨季と乾季の区別があまりなくなっており、12月なのにボゴタは雨のそぼ降る肌寒い日が続いています。土屋は雨に濡れたボゴタの街が好きです。晴れの日のボゴタは空気がカラッと乾いていてじつに気持ちいいのですが、土屋は手を伸ばせば届きそうなほど雨雲が低く降りてくるボゴタの空が好きなのです。...

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ボゴタ上空

土屋を乗せたラン航空機はボゴタ上空に差し掛かりました。この日、ボゴタは晴れていたのですが、午後から急に曇ってきて夕方は雨になりました。ボゴタは標高2600メートルのアンデス山中の盆地にあります。日本では富士山の7合目くらいの高さです。この高さで飛行機を離着陸させるのは結構難しいのです。この日も風向きが変わったとかで飛行機はなかなか着陸できず、上空を20分ほどぐるぐる旋回していました。着陸が困難な空...

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昼の弁当

飛行機の時間に間に合わないので、ホテルで弁当を作ってもらいました。飛行機が無事離陸して、さて食べようと蓋を開けたら、これが半端じゃないボリュームです。サラダとフライドポテトはいいとしても、メインのアロス・コン・ポヨ(チキンライス)は日本の5人前くらいあります。コロンビアは「おもてなしの文化」の国なので、どこに行っても食べ切れないくらい料理を山盛りにして出してくるのですが、全部平らげずに残した方が「...

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さらば、アマゾン!

アマゾンともお別れです。アマゾンは地球上最後の秘境です。特にコロンビアは長年の内戦で国内の開発が進んでいなかったため、今も手つかずの大自然が残されています。...

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チリのラン航空

帰りはチリのラン航空に乗りました。機内サービスはパナマのコパ航空より充実していました。プラタノ(料理用バナナ)のお菓子とアレキペ(牛乳を煮詰めた甘い菓子)が入っていました。コロンビアはどこに行っても「バカじゃないか?」と思うくらい甘ったるい菓子が山ほど出てきます。糖尿病になりそうですが、やはり日本人とは体質が違うのでしょうね。...

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アルフレッド・コボ国際空港

長らく滞在したレティシアともお別れです。レティシアのアルフレッド・コボ国際空港は田舎の小さな空港です。1932年、ペルーとの戦争に勝利したコロンビアの将軍の名前にちなんでいます。レティシアはコロンビア、ペルー、ブラジルの国境地帯にあるため、三国の軍・警察の監視の目が行き届いていて、コロンビア国内では特に治安の良い場所です。日本では麻薬やゲリラの話題ばかりですが、コロンビア各地をうろついていて土屋が...

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アマゾンの船・ペケペケ

アマゾンの交通手段は主として船です。大型船も運行していますが、僻地に暮らす人々の重要な移動手段は小型の船です。地元では「ペケペケ」と呼びます。船外機の爆音が「ペケペケペケペケ・・・」と聞こえるからです。まあ単純ですが、小型船は大型船とすれ違うたびに大波に激しく揉まれて揺れますから、船酔いをする人はここでの生活はキツイかもしれません。...

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アロワナ

アマゾンの大魚、アロワナです。昔、池袋のサンシャイン水族館で見た記憶があります。体長は大きなもので2メートルにもなります。ここでは食用です。大きな口の中に子供を入れて育てるそうです。アマゾンでは何でも食べますが、淡水魚なのに泥臭くもなく、油で揚げたりスープの具にするだけですが、とても美味です。...

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魚屋の夫婦

魚屋の夫婦が写真を撮ってくれとせがむので撮りました。この夫婦もそうですが、レティシアは先住民系の人が多いです。ボゴタは白人系、カルタヘナは黒人系が多いですが、どこに行っても日本人は珍しいので、土屋もしきりに写真を撮らせてくれとせがまれます。まあなんちゅうか、反日感情のない国は居心地がいいですね。...

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ドラードとピラニア

写真の大きなナマズがドラードです。輪切りにしてフライにします。白身魚ですが、脂がのっていてじつに美味です。ブリのような食感です。おっちゃんが手に持っているのはピラニア。獰猛な魚で有名ですが、ここでは雑魚扱い。脂がなくてあまり美味しくないのだとか。...

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レティシアの魚市場

レティシアの魚市場は品揃えが豊富です。日本では見たこともないようなアマゾンの淡水魚が所狭しと並べられて売られています。写真の赤いナマズ、見てくれはグロいですが、味は美味なのだそうな。贅沢さえ言わなければアマゾンには何でもあります。ここで暮らすのも悪くはないかもしれません。...

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レティシアの市場

レティシアに戻り、町の市場をぶらぶらしました。市場では肉でも魚でも野菜でも何でも売っていますが、中でも果物は質量ともに豊富です。写真はアラサーという果物。日本では土屋のような30過ぎのオッサンのことですが、ここではトロピカルフルーツのことです。アラサーは搾ってジュースにします。爽やかな甘さで美味。どこに行ってもアラサーのジュースが出てきます。そのくらい身近な果物です。...

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ブラジルからアマゾン川を望む

ブラジル側からアマゾン川を見ます。本当に広大です。まるで海の上にいるような錯覚を覚えます。これから雨季が本格化すると水位が劇的に上昇し、崖のところまで川岸が這い上がってきます。前回の雨季で崩れたのか、崖っぷちはヤバイことになっていました。雨季で増水するたびに川の中州が流されて消えたり、逆に上流から大量の土砂が流れてきて新たな小島が出来たりするので、アマゾン川の地図は毎年書き換えられていきます。いや...

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ブラジルのタバティンガ

ブラジルのタバティンガです。この町もアマゾン川に面しています。レティシアより人口は多く約5万人。隣国という感じはしません。強いて言えば、コロンビアはスペイン語、ブラジルはポルトガル語という違いだけです。ここも漁業や農業が主要産業の小さな田舎町ですが、町の外れにはブラジル軍の基地があり、空港もあります。ブラジルのマナウスまで飛行機で約3時間。そこで乗り換えればサンパウロにも行けます。...

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ブラジルとの国境線

レティシアはブラジルのタバティンガという町と国境を接しています。この日、土屋はタクシーで国境を越えてブラジル側に行きました。レティシアはかつてペルー領だったこともあり、複雑な国境線のため、隣国同士の行き来にパスポートは必要ない特例措置が採られています。国境には検問所がありますが、特に調べられるわけでもなく、隣町に買い物に行くような感覚でブラジルに行けます。周囲を海に囲まれ、陸続きの国境がない日本で...

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ホテルのインコ

ホテルの裏庭にインコがいました。ホテルで飼われているインコです。とにかく鳴き声がうるさいのですが、レティシア周辺だけで5千羽ほどいるそうです。地元の人はすっかり慣れているのか、鳴き声がうるさいと文句を言う人はいませんね。...

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レティシアの空

この日、レティシアは朝から曇りがちの天気でした。すでに雨季が始まっており、しょっちゅう大雨が降ります。ボゴタは雨季が終わっているのですが、アマゾンはこれからが雨季の本番。ひとつの国にこれほど多様な環境があるコロンビアという国は本当に広大なのです。...

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コロンビアのビール

コロンビアでは「クラブ・コロンビア」という地ビールが有名です。どの町に行っても、ビールと言えばこれです。他にメキシコのコロナ・ビールも売れていますが、何といってもコロンビアのビールはこれだと思います。コロンビアのビールは美味しいのですが、それはかつてドイツからの移民が多く移住し、本場のドイツ・ビールの製法がコロンビアにも伝わったためだと言われています。土屋はこのビールを飲みながら、またドラードのフ...

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レティシアの夕焼け

レティシアの夕焼けは壮大です。日本ではまず見ることのない巨大な積乱雲が地平線の上に湧き上がってきて、土屋は「ああ、俺は遠いところに来たんだなあ」とため息をつきました。...

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レティシアの町

レティシアの街並みです。ここの住民はほとんどが漁業や農業で生計を立てており、街中には信号がほとんどないくらいのんびりしています。市場には大量の果物や魚、肉、なんでも売っています。燃料は薪なので、雨に濡れないようシートをかぶせて通りの隅に置かれています。ホテルのシャワーは電気で水を温める仕組みになっているのですが、温度調節が出来ず、バカみたいに熱い湯がドバドバ出てきて、日焼けで火照った土屋はひとりで...

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アマゾン川の色

プエルト・ナリーニョを流れるアマゾン川の水の色は黒いです。これは植物のタンニンが多く含まれているためです。まるで墨汁を流したような真っ黒な水が流れています。広大なアマゾンは場所によって川の色が違います。ここより下流のレティシアはコーヒー色ですが、上流に近付くにつれてだんだん黒っぽくなってきます。ここにはピンクのカワイルカが住んでいて、土屋もほんの少しだけイルカが飛び跳ねるのを見ました。...

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アマゾンのランチ

腹が減っていたので町にひとつしかないレストランで昼飯を食べました。スープの具はバグレというナマズ。ドラードという大きな白身魚のフライにキャッサバの揚げ物、ライスはパスタを混ぜたものです。とにかくここの食事は量が多いです。熱帯で力仕事をする人はそれだけ食べないと体が持たないのでしょうが、日本人には量が多すぎます。しかし、ここの魚は美味です。冷房は大きな扇風機のみ、熱風が吹き込んでくるレストランで、土...

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プエルト・ナリーニョの町

土屋はアマゾン上流のプエルト・ナリーニョという小さな町に上陸しました。レティシアからここまで約180キロ。小さな船に揺られてかなり疲れました。この町は雨季の増水に備えて、住宅街は川岸から離れた小高い丘の上に作られています。もともとこの辺には人が住んでいなかったため、コロンビア政府が自国民を入植させて作った町です。アマゾンの僻地ですから、政府の補助金で住民はかなり豊かな生活を送っています。コロンビア...

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先住民の集落

アマゾン先住民ティクナ族の集落です。ここで土屋は先住民からマンゴーをいただきましたが、レティシアのホテルで食ったやつより美味でした。南米の先住民はモンゴロイド系の血が流れているせいか、我々日本人と顔立ちの似た人が多く親近感を覚えます。...

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川の上の国境

写真右側がペルー、左側がコロンビアです。この辺は両国の国境線が複雑で、川の上に国境があるため、お互いの国がパスポートなしでも行き来できます。隣り合った国同士仲が悪いのは世界共通ですが、南米はあまり隣国との対立がありません。親米派のコロンビアは反米のベネズエラと仲が悪いのですが、それでも戦争に発展するようなことはなく、そこらへんはいかにもラテン的なアバウトさというか、まあじつにのんびりしたものだと思...

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アマゾンのジャングル

アマゾンの対岸は鬱蒼たるジャングルです。前日に大雨が降っていたため、地面は泥沼でゴム長がないと歩けません。先住民は大木の幹を棒で叩き、モールス信号のように遠くの仲間たちと連絡を取り合っていたそうです。...

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雨季のアマゾン川

アマゾンは12月から4月にかけて長い雨季に入ります。これから雨季のシーズンが本格的に始まりますが、今はまだ浅瀬のこの辺もあと1ヵ月もすれば完全に水没します。向こう側がアマゾンの本流ですが、本流と支流では水の色が違います。本流は上流から流されてくる土を大量に含むためコーヒー色ですが、支流は植物のタンニンを多く含むため黒色です。このふたつの川も雨季に突入すれば一本化し、区別がなくなります。つまり、この...

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土屋、リスザルに襲われる!

土屋は船でアマゾン川の上流を目指して移動中、上陸した小島でコモンリスザルという小猿の大群に襲われました。地元ではエル・ミコと呼ばれる小さなサルですが、こやつらは人間を見ると一斉に襲いかかってきて体によじ登ろうとします。一匹だけ土屋から降りようとしないおさるさんがいました。そんなに居心地が良かったのでしょうか?そういや俺、申年だったorz...

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世界最大のハス

アマゾンには世界最大の「オオオニバス」が自生しています。子供が3人乗っても沈まないと言われる大きさです。葉の裏は赤いトゲが生えています。どんどん魚に食べられてしまうので、そのうち川底に沈んで消えてしまいます。夕方から早朝にかけて花を咲かせます。写真を撮ったのは昼ですが、まだ咲いている花がありました。...

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アマゾンのインコ

アマゾンは地球上最後の自然の宝庫です。近年は乱伐や乱開発でどんどんジャングルが失われており、あと数十年でアマゾンの熱帯雨林は消滅してしまうのではないかとも言われていますが、コロンビアのアマゾンは長年の内戦で国土の開発が進んでいなかったため、奇跡的に手つかずの自然が残されています。特にコロンビアは鳥類と両生類の宝庫なのですが、最近も新種のカエルが見つかったと日本でも報道されていました。川岸の小屋には...

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対岸はペルー

レティシアの町は大河アマゾンに面しています。対岸はペルーです。川幅は数百メートルありますが、泳いで渡れる距離です。これから雨季に入ると水位が10~15メートルも上昇し、川岸の大部分は水没します。2枚目の写真はフリホーレスという豆です。雨季が過ぎて川岸が干上がると、上流から流れてきた養分で肥沃な土壌になっているので、種を蒔いて収穫するのです。対岸が隣の国なんて、日本ではちょっと想像しにくいですね。...

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レティシアの朝

レティシアはアマゾンの町ですから年中暑いです。朝は5時頃から野鳥の鳴き声が聞こえてきます。ホテルの正面が広場になっていて、密林に住む鳥たちが日暮れになると集まってきます。夜はヘビなどの天敵に襲われる恐れがあるため、鳥たちは人間のいる場所に集まってくるのです。朝になると密林に一斉に戻っていきます。朝っぱらからものすごい騒音です。地元の人は慣れているので感じないのでしょう。土屋も鳥たちの声で強引に目を...

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レティシアのディナー

レティシアに着いたのは夕方でした。レティシアは人口2万人ほどの小さな町です。ブラジルのタバティンガという町と国境を接しており、パスポートなしでも行き来できます。かつてレティシアはペルーの領土でしたが、1932年にコロンビアと戦争になり、勝利したコロンビアに編入されてペルーはアマゾン川への出口を失いました。ボゴタは白人系、カルタヘナは黒人系の人が多いのですが、ここはアマゾンの先住民系の人が多いです。...

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ペルー上空からアマゾン川を望む

土屋を乗せたコパ航空機は、いよいよレティシア上空に到達しました。ところが、この日は生憎の雨。悪天候のため飛行機は大きく旋回し、ペルー上空からアマゾン川を横切り、ブラジル領空に入ってから機首を翻し、ようやくコロンビアのレティシアに着陸しました。真っ暗な雨雲の中に小さな機体が突っ込んでいくのは、なかなかのスリルがありました。機内では赤ん坊が泣くわ、犬が吠えるわ、大騒ぎでした。しかし、ペルーとブラジルの...

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パナマのコパ航空

土屋はボゴタからパナマのコパ航空機でコロンビア南部のレティシアに向かいました。レティシアはアマソナス県の県庁所在地で、コロンビア最南端の町です。ブラジルとペルーの国境地帯にあり、アマゾンの密林に囲まれた僻地です。ボゴタからは飛行機で約2時間半。空路しか交通手段のない「陸の孤島」です。ボゴタ~レティシア間の航空便は1日1便しか出ておらず、狭い機内は乗客でほぼ満席でした。軽食のサービスでアップルパイが...

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ボゴタのランチ

さて、ボゴタに戻った土屋はエル・ドラード国際空港で昼食を食べました。コロンビア料理と言えば、何と言っても鶏肉が有名です。南米はアルゼンチンのアサード(焼肉)やペルーのロモサルタードのような牛肉料理がポピュラーですが、コロンビアでは鶏肉料理が最も一般的です。ボゴタをはじめ、コロンビアの各都市には「ココリコ」という鶏肉料理の専門店があります。専門店と言ってもファストフードのような感じですが、ボゴタの空...

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カルタヘナの夜景

カルタヘナの旧市街の夜景です。カルタヘナもたいへん歴史の古い街ですが、昼より夜の方がムードがあります。石造りの街並みに街灯の灯りがじつによく似合っていて、まるでスペイン統治時代にタイムスリップしたような感覚です。夜は海から風が吹いてきて涼しいです。土屋も夜のカルタヘナをあてもなくぶらぶらしていました。この日は休日で、夜遅くまで家族連れでにぎわっていました。治安の心配もありません。通りには椅子を並べ...

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カルタヘナのディナー

かなり汗をかいてくたびれたので、ホテルでシャワーを浴びてさっぱりしてから夜の街に繰り出しました。旧市街のレストラン(結構新しいお店です)に入り、カルタヘナの魚料理を食べました。前菜は大きなナスの中にカニの肉とチーズをたっぷり詰め込んで焼いたもの。メインはマグロの肉をタマネギやニンニクでソテーし、ライムを搾っていただきます。ここでは魚肉を生で食べるという習慣はないので、焼くか煮るか油で揚げて食べます...

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カルタヘナの風景

カルタヘナ郊外の「ポパの丘」からカルタヘナの街を見下ろしたところです。しばらく来ないうちにビルが目立って増えました。カルタヘナはコロンビア最大の観光地であり、コロンビアが左翼ゲリラや麻薬カルテルで治安が崩壊していた時期でも唯一、治安が維持されていた土地ですが、近年の好景気で街の発展ぶりは目を見張るものがあります。3枚目は世界遺産「サン・フェリペ城塞」から見たカルタヘナの街です。カラフルな家が多いの...

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カルタヘナのランチ

腹が減ったので何か食おうとレストランに入りました。カルタヘナは海の町なので、やはり魚料理が多いです。何の魚か知りませんが、白身魚の大きな切り身をフライにしたものが出てきました。これにパタコン(プラタノという料理用バナナを叩き潰して油で揚げたもの)とココナッツ・オイルで炊いたライスが付きます。パタコンはコロンビア料理の定番で、どこに行っても必ず出てきます。味はサツマイモの天ぷらに近い感じ。塩やサワー...

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プロフィール

土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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