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コロンビア歴史物語 第10話

コロンビア軍は以前から右翼の民兵組織と癒着しながらゲリラや関係者へのテロ攻撃を続けていたが、90年代に入るとさらにやり口は汚さを増してくる。

殺した農民の死体にゲリラの軍服を着せてゲリラに見せかける偽装工作をするのは序の口で、現役の軍人が民兵組織とともに民間人を拉致・拷問したり暗殺といった非常手段を平気で行なうようになるのである。

正体不明の武装集団が政府に異を唱える者を暗殺し、一体誰が誰の命令で殺害を実行したのか誰にも分からない。そんな「グエラ・スーシア(汚い戦争)」の時代に入っていくのである。


1998年、保守党のアンドレス・パストラーナがコロンビア大統領に就任した。パストラーナは1970年の選挙でロハス将軍の当選を阻止したミサエル・パストラーナの息子である。

パストラーナ大統領は反政府左翼ゲリラとの対話による和平実現を公約に掲げた。話し合いでコロンビアに平和をもたらそうとしたのである。

パストラーナは単身、FARCの支配地帯であるコロンビア南部を電撃訪問し、FARC最高指導者のマヌエル・マルランダと会談した。マルランダは熟練の老ゲリラで、ラ・ビオレンシアの時代に虐殺された共産党書記長の名前を名乗り、30年以上にも及ぶゲリラ戦を生き抜いてきた百戦錬磨のプロである。

コロンビア政府とFARCは和平交渉の再開で合意した。出だしは順調だった。翌99年1月から交渉が本格的にスタートした。FARCは和平の条件として、コロンビア南部の広大な地域から政府が軍・警察部隊を撤退させ「非武装地帯(DMZ)」を設置することを要求した。

FARCは政府を信用してはいなかった。84年の和平の苦い教訓を忘れてはいなかったのである。あの時、FARCは停戦に合意し合法政党を立ち上げたものの、その後の白色テロで合法闘争路線を叩き潰されている。

和平に応じ武装解除するにしても、そのための「保障」が必要だったのである。武器を捨てた途端、皆殺しにされたのではたまったものではない。非武装地帯の設置を要求したのはそのためだった。


99年5月、パストラーナはコロンビア南部の約4.2万平方キロメートルの面積を非武装地帯とし、駐留する国軍と警察の全部隊に撤退を命じた。こうして出来た非武装地帯は日本の九州よりも広かった。

パストラーナの決定に軍や警察の高官は猛反発し、一斉に大統領に辞表を提出する騒ぎとなった。彼らは大統領の決定に反対したばかりでなく、退職するやただちに右派民兵組織に協力し、左翼ゲリラとその同調者に対するテロ攻撃を開始した。


右派民兵を率いていたのはフィデルとカルロスのカスターニョ兄弟である。兄弟の父親は裕福な牧場主だったが、ゲリラに誘拐され身代金を払えずに殺されてしまっていた。弟カルロスは民兵に入隊した理由を訊かれ、こう答えている。

「私が5歳の時、父がゲリラに殺された。私は父の墓前で泣き叫んでいた。私はこの時、父を殺した共産ゲリラへの復讐を誓った」

復讐心に燃える兄弟は国軍に入隊し、そこで軍事教練を受けた。当初は軍人としての正規の活動に留まっていた。だが、法的制約を受ける軍人でいたのでは満足に父親の仇を討つことは出来ない。兄弟は民兵組織を結成し、法に縛られない超法規的な対ゲリラ活動を展開する。

カルロスは成績優秀だったため、コロンビア政府の奨学金を得てイスラエルに留学することを得た。そこでカルロスはイスラエルの軍人から対ゲリラ戦の特殊訓練を受けた。コロンビアに帰国した時、カルロスはもはや田舎の朴訥な青年ではなくなっていた。復讐の鬼、冷酷な殺人マシーンに生まれ変わっていたのである。

兄弟は故郷のコルドバ州で「コルドバ・ウラバ農民自衛軍(ACCU)」を結成した。農民自衛軍とは言っているが、彼らはゲリラと関係があるとみなした農民を無差別に虐殺し、やがて地元からゲリラ勢力を一掃することに成功した。

1994年12月、兄フィデルがパナマ国境地帯でゲリラに暗殺されると、カルロスはゲリラに対する戦いを全国規模で拡大させるべくコロンビア全国の右派民兵組織に結集を呼び掛けた。

1997年4月、全国的な極右民兵組織「コロンビア統一自衛軍(AUC)」が結成される。AUCの誕生には背後で米軍やCIAも深く関与していたとされる。ゲリラ勢力の台頭を恐れたアメリカ政府の強力な後押しがあった。

右派民兵はパラミリタリー(準軍事組織)と呼ばれることが多い。これは正規軍のスペア的意味を持つ。政府軍が大っぴらには出来ない「汚い仕事」を請け負うためだ。ベトナム戦争でアメリカ軍は住民虐殺を韓国軍に委託した。それと同じようなものである。


ゲリラを壊滅させるには焦土作戦が最も効果的である。ゲリラが潜んでいると思われる地域の住民全員を強制的に他の場所へ隔離するか、あるいは全員を容疑者とみなして殺害してしまうのである。

日中戦争で日本軍は共産党八路軍のゲリラ戦に悩まされ、焦土作戦を展開して多くの罪なき中国人を虐殺した。神出鬼没のベトコン・ゲリラに悩まされた米軍もベトナムで虐殺を行なった。アフガニスタンに侵攻したソ連もイスラム戦士ムジャヒディンのゲリラ抵抗に苦しみアフガン住民を大量虐殺した。

ゲリラ戦の継続には何より地元住民の協力が欠かせない。住民が消え、補給路が断たれればゲリラは孤立する。AUCは住民の大量虐殺を繰り返した。


アメリカ政府は2001年、AUCをFARCやアルカイダと並ぶ「国際テロ組織」に指定した。しかしその一方でAUCを支援し、ゲリラ封じ込めに利用した。

要するにゲリラを叩くのも、彼らを助けているのも同じアメリカという皮肉な現実なのである。アメリカ人がコカインに手を出さなければゲリラは資金源を断たれ弱体化するだろう。AUCが農民虐殺をすることもない。コロンビアの内戦は終息し平和が訪れるのである。その意味でコロンビアは病んだアメリカ社会の犠牲者であるとも言える。


一向に減らないコカイン密輸に業を煮やしたアメリカ政府は1999年、コロンビア政府との間で「コロンビア計画」という麻薬撲滅作戦をスタートさせた。

これは2005年までの6年間に総額40億ドルを拠出してコロンビアのコカイン生産量を半減させるというものである。資金の大半はコロンビア軍の近代化やコカ駆除のための除草剤の購入費などに充てられた。

この計画は当初から「麻薬対策を口実としたコロンビアへの内政干渉」との批判が強かった。FARCはコロンビア計画に反対し、コロンビアに展開する米国系石油会社オクシデンタルが建設した石油パイプラインを爆破するなどのテロ行為を繰り返した。

コロンビアは地下資源に恵まれた国である。手つかずの石油や天然ガスの埋蔵量は相当なものだ。しかしそれらの資源の多くはゲリラ支配地で眠っている。ゲリラたちは「外国資本による植民地化」に反対してパイプラインの爆破や技術者の誘拐を行なうため、資源の開発は遅れている。貧困がゲリラを生み、テロ活動によって経済が停滞し貧困が助長されるという悪循環に陥っているわけだ。

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土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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