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コロンビア歴史物語 第15話

ウリベ政権下でコロンビアの治安は劇的に改善された。かつて農民虐殺を繰り返していたAUCも解体された。2005年に政府と武装解除に合意したAUCは3万6千人のメンバーが投降し、社会復帰の道を歩むことになった。


コロンビア政府はAUCと癒着し彼らの虐殺や麻薬取引を黙認していると国際社会から非難されてきた。

そんな負のイメージを払拭するため、ウリベはAUCに恩赦を与えて解散させたのである。

ウリベは「正義・平和法」を制定し、投降して素直に罪を認めたAUCメンバーに対しては最長8年の刑務所暮らしで許すことにした。農民を大量虐殺した者に8年の刑って甘すぎじゃないか?

AUCを率いていたカルロス・カスターニョは2004年4月に暗殺された。麻薬取引を巡るトラブルから兄・セディジョに殺されたというが、政府に暗殺された可能性もある。

その後、AUCの指導者となったサルバトーレ・マンクーソも政府に投降し、今は麻薬密輸の罪でアメリカの刑務所にいる。

ゲリラを叩くためにさんざん利用しておいて、用済みとなるやさっさと切り捨てる。そんな政府の意図が見える。

ゲリラ対策が成功し順風満帆なウリベ政権だったが、2008年10月には軍がボゴタのスラム街で無職の若者をリクルートし殺害、彼らをゲリラに見せかけて葬っていたことが発覚し大問題になった。

ウリベはただちに軍幹部27人を更迭したが、軍の兵士が戦果を偽装し休暇や報酬を得るために無実の市民を殺害しゲリラに見せかける行為は「ファルソス・ポジティボス(偽りの戦果)」と呼ばれ、半ば常態化していたことが分かっている。

2011年には、過去23年間でファルソス・ポジティボスによる犠牲者が1741人に上ることが分かった。


かつて世界で最も危険な国と言われ、年間3万人が殺され、3千人が誘拐されていたコロンビアも、2002年のウリベ政権の誕生により見違えるように変わった。

中南米最大の左翼ゲリラFARCも今や兵力は6千人に減り、弱体化に歯止めが掛からない。相次ぐ幹部の死で組織は打撃を受け、武装闘争の継続は困難な状況となっている。

2010年6月の大統領選では、連続三選を禁じられたアルバロ・ウリベの事実上の後継者として、国民統一党のフアン・マヌエル・サントス(中道右派)候補が当選を決めた。

サントス新大統領はウリベ政権下で国防大臣を2006年から2009年まで務め、2008年3月のアンデス危機の際にはFARC最高幹部ラウル・レイエス殺害作戦の陣頭指揮を執ったことで知られる。

就任直後の9月23日には、南部メタ県とカケタ県の県境付近において、FARC軍事部門最高指導者のホルヘ・ブリセーニョ・スアレス(通称モノ・ホホイ)を軍・警察部隊の合同作戦で殺害した。

サントス大統領は「コロンビアの恐怖の象徴が死んだ。FARCに対する大きな勝利だ」と述べ、引き続きFARCへの軍事的圧力を強めていく方針を示した。

一方、サントス政権はウリベ政権下で悪化した隣国ベネズエラなど周辺諸国との関係改善を進め、南米で孤立化していたコロンビアの国際的地位の回復に努めた。

ウリベの「忠実な僕(しもべ)」とみなされていたサントスだが、ゲリラ対策では武力一辺倒だったウリベとは異なり、FARCに対して硬軟両用の柔軟な姿勢を示す。

武闘派の幹部に対しては殺害も辞さない強硬路線を貫く一方、穏健派の幹部には対話を呼びかけ、ウリベ政権下で中断されていた和平交渉の再開に乗り出したのである。


就任から2年後の2012年11月、コロンビア政府と最大の左翼ゲリラFARCはキューバの首都ハバナで和平交渉を再開し、キューバ、ノルウェー、チリの各国政府が交渉を仲介することになった。

交渉ではゲリラの政治参加、農地改革、麻薬問題などについて両者の協議が行なわれ、FARCは「今後、身代金目的の民間人の誘拐は行なわない」とする声明を発表するに至った。

FARCが態度を軟化させた背景には、相次ぐ幹部の死で組織が弱体化したこと、後ろ盾となっていたベネズエラのチャベス大統領が2013年3月5日にガンで死去したこと、テロで国民の支持を完全に失い武装闘争路線を継続することが困難になったことなどが挙げられる。


約3年に及ぶ交渉の結果、2015年9月23日、コロンビア政府とFARCは「半年以内に和平を実現させる」ことで合意に達した。

サントス大統領はFARC最高幹部ティモチェンコと会談し、

・重大犯罪に関与していないゲリラ・メンバーに恩赦を与える
・紛争中の重大犯罪を裁くための特別法廷を設置する
・和平合意から60日以内にゲリラの武装解除を行なう
・紛争犠牲者への謝罪と賠償

以上の点で双方が合意したと発表した。

和平を歓迎する声が上がる一方で、内戦の犠牲者からは「ゲリラへの扱いが寛大すぎる」といった批判や、具体的にどのようにしてゲリラに武装解除させるのか、犠牲者への補償は誰がどのような形で負担するのかなど不透明な点が多く、内戦の終結には悲観的な見方もある。

FARCに父親を殺された前大統領ウリベも「茶番だ」と合意を一蹴し、和平路線を推し進めるサントス大統領を痛烈に批判した。


50年以上にわたり20万人以上の犠牲者を出し、700万人以上の国内避難民(アフガニスタンやイラクよりも多い)を生み出した世界で最も長い内戦もようやく終息の兆しが見えつつある。

アルバロ・ウリベという人物は確かにコロンビアの救世主だ。この10年で治安は劇的に改善し、コロンビア国民はテロと誘拐の恐怖から解放された。ゲリラは姿を消し、どこでも好きなところへ行けるようになった。

コロンビアはかつてないほどの安定と繁栄を見せている。ラテンアメリカではブラジル、メキシコに次いで第3位の人口を持ち、豊富な資源、勤勉な国民性、国民の教育水準の高さ等々、コロンビアには無限の可能性があると言ってもいいだろう。




(筆者注)コロンビア政府とFARCは2016年6月22日、キューバの首都ハバナで停戦と武装解除に合意し、9月26日にコロンビアのカルタヘナで和平合意に署名した。和平の是非を問う国民投票が10月2日に行なわれ、反対が賛成を僅差で上回り否決された。サントス大統領は和平への取り組みが評価され、同年のノーベル平和賞を受賞した。11月に和平案は議会で承認され、FARCは国連監視団の監視下で武装解除を進め、コロンビア全土に設けられた26ヵ所の監視所で登録された7132丁の銃器が引き渡された。2017年6月27日、中部メタ県のメセタスで最後の武器引き渡しと武装解除の終了式典が行なわれた。FARCの武装解除により半世紀に及んだ内戦は事実上終結した。
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土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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