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Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。



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誰も知らない 第11話

サンタフェでは1日に3,4人、多いときで5人から7人が殺される。
仕事の依頼は後を絶たず、長沼はゲリラの協力者を何人も片付けた。
良心の呵責は感じなくなっていたが、
「14歳の少女を殺してほしい」
と頼まれたときは、さすがにためらった。
「あの少女はドロガディクト(麻薬中毒者)だ。生かしておいては為にならん」
とロハスが言った。
少女はバスーコという安物のコカインに手を出し、その代金を得るために盗みや売春をしているのだ、という。
「しかし、相手は14歳です。ペルスアシオン(説得)して、ドロガス(麻薬)をやめさせるべきじゃないですか?」
「それだから、お前は甘いというのだ」
ロハスは長沼を戒めるように言った。
「いいか、バスーコに手を出した奴はカルネ(肉体)もエスピリトゥ(精神)もボロボロになる。しまいには、ブツ欲しさに家族まで売る。14歳だろうが、麻薬にアルマ(魂)を売った者はディアブロ(悪魔)になる」
「そんなにひどいのか……」
「コロンビアを毒しているのは麻薬と共産主義だ。麻薬中毒者と共産主義者は殺すしかない。どちらも中毒性があり、社会を蝕み、滅ぼしていく」
「しかし、麻薬で資金を得ているのはゲリラもパラミリタールも同じです。この国は麻薬マネーに毒されているのでは?」
「アメリカ人がコカインに手を出さなければコロンビアは平和な国だった。コロンビアを毒しているのはアメリカ人だ。アメリカ人が麻薬に侵されるのはスフィリール・ラス・コンセクエンシアス(自業自得)だ。我々はその金で、共産主義者と戦う。それはアメリカのベネフィシオ(利益)にもなることだ」
長沼は少女の暗殺を引き受けなかったが、数日後、少女は別のシカリオの手で始末された。

シカリオのもとに寄せられる注文も様々だ。
夫の浮気に悩んでいる主婦から、
「夫を殺してほしい」
と頼まれることもある。
無論、相手は何の恨みもない知らない男だ。
が、長沼は金次第で引き受けることにした。
殺人と暴力が日常茶飯のこの世界では、口先だけの正義など通用しない。
「人を殺すことは悪いことです」
などと唱えてみても、現実は何も変わらない。
「じゃあ、人を殺さずに生きていけるのか?パンをくれるのか?あんたが守ってくれるのか?」
長沼は町のセントロ(中心部)の教会で、聖母マリア像の前に一人たたずみ、語りかけた。
「麻薬を作るか、人を殺す以外、生きていく道のない国で、あんたは一体、誰を救えるというんだ?」
木彫りのマリア像は哀れむような目で長沼を見下ろしている。
「俺はゲリラに拉致され、何年も監禁された上にアミーゴを殺された。そして、人殺しの道具として利用された。だが、あんたは何もしてくれなかった。俺を助けてくれたのは、たった一人の女だけだ。俺は彼女を守る。彼女のためなら何人でも殺す」
長沼は飢えた野良犬のような目でマリアを睨みつけた。
「こんな俺でも、あんたは赦すというのか?赦さんでいい。同情や憐れみなど必要ない。俺を地獄へ落とせばいい。とことんまで堕ちた俺だ。どこまでも堕ちてやるさ……」
長沼は教会を出ると、その足で何の恨みもない相手を殺しに行った。
彼にとって重要なことは――報酬を得られるか、どうか、だけなのであった。

そんなある日のことだった。
長沼に仕事の依頼が舞い込んだ。
「今度はこの男を殺してほしい」
と言われ、写真を渡された長沼はアッと思わず叫んだ。
知っている男だった。
男の名はマルコ。機械の修理を生業にしている男で、銃の改造や密造も引き受けている。
長沼も何度か会って親しくなっていた。気さくないい奴である。
「この男、知っているのか?」
「マルコが何をしたんだ?」
「ゲリラのために働いているんだ」
「本当か?」
「ああ。奴はゲリラ支配地の通行許可証まで持っている」
「マルコはゲリラのために何を?」
「ゲリラに頼まれて、発電機のメンテナンスをしているらしい」
「メカに詳しいからな、マルコは」
「やってくれるか?」
長沼は返事に困った。
それが本当なら、マルコは許せない裏切り者である。
絶対に生かしておけない、と思った。
生かしておけば、いずれ自分やオマイラのこともゲリラに密告するだろう。
長沼は心を鬼にして決断した。
「よし、俺にやらせてくれ」

長沼はマルコの自宅兼作業場に向かった。
「オラ!マルコ」
「オラ!ナガヌマ。銃の調子はどうだい?」
「ああ、ちょっと見てもらいたいんだ。いいかな?」
「お安い御用だ」
長沼は愛用のS&WM19拳銃を腰から取り出すと、
「バーヤ・コン・ディオス(神のご加護のあらんことを)」
と言い、至近距離からマルコの胸に銃弾を撃ち込んだ。
作業場の床に倒れたマルコの頭にとどめの一発。
「アディオス(あばよ)」
マルコが死んだことを確かめ、長沼は彼の仕事場を後にした。
裏切られたという怒りも悲しみも何も感じなかった。

翌日。
長沼は近所の雑貨屋にビールを買いに行く途中でマルコの葬列に出くわした。
家族や親類とともに彼の棺が運ばれていく。
長沼は思わず足を止めた。
マルコの幼い娘が泣いているのが見えた。
彼女は何故、優しかった父が死んでしまったのか、誰に殺されたのか、理解できないはずだった。
泣き喚く娘の声が長沼の胸を衝いた。
(俺が殺した。俺が……)
長沼は走り出した。
人を殺した後、こんな気持ちになったのは初めてだった。
マルコはゲリラに協力していた。
いつ何時、自分やオマイラをゲリラに売り込んだとしてもおかしくはない。
長沼にとっては敵である。
敵である以上、殺さなければならない。
殺さなければ、自分やオマイラが殺されてしまう。
が、自分は何の関係もないマルコの家族から、ささやかな幸福をも奪い取ってしまった。
仕方のないことだ、といくら我が身に言い聞かせても、心の中に残った蟠りは消えてくれなかった。

長沼は町の酒場である「サイゴン」に入ると、アグアルディエンテ(サトウキビの焼酎)をストレートで呷った。
透き通るように甘いアルコールが喉でチリチリと焼けた。
いくらグラスを重ねても胸の痛みは消えない。
愛する父親を失い、悲嘆に暮れる娘の面影が脳裏から離れない。
(ダメだ……俺はただの人殺しだ……)
自己嫌悪に苛まれつつ、長沼は酔い潰れるまで飲み続けた。

その夜。
長沼はどうやって帰宅したのかも覚えていない。
ベッドに倒れ込み、荒い息を吐いていると、心配そうにオマイラが長沼の傍に座り込んだ。
「ヒロト、どうしたの?」
「オマイラ、俺を殺してくれ」
「え?」
「俺は罪深い人間だ。殺されて当然だ」
「何かあったのね」
「君は心のきれいな人間だ。この荒みきった世界にいても俺とは違う。汚れに染まらないんだ。俺は汚れきってしまった。君の手で俺を殺してくれ」
長沼は泣きながら一気に言った。
「違う。あなたは心の優しい人よ。あなたはあたしのために殺されることを覚悟したでしょ?心の貧しい人にはできないわ。あなたは人を殺した。でも、殺された人の痛みが分かる。あなたの心は汚れていないのよ」
オマイラは長沼の額を撫でながら言った。
「俺には生きる価値もない。死んで償うべきだ。君が殺してくれ」
「ヒロト、あたしには分かるの。体の汚れは洗えば落ちる。でも、心の汚れは洗っても落ちない。あなたの汚れは洗えば落ちる汚れよ」
「分かった。洗わせてくれ」
「あたしも洗うわ」
長沼とオマイラは裸になって冷たいシャワーを浴びた。
ふたりは激しく求め合った。
長沼はオマイラの熱くて弾力のある肌を愛撫しながら、このまま殺されてもいい、と思った。

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