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土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。



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誰も知らない 第3話

「起きろ!これから出発だ!」
ゲリラに叩き起こされ、長沼は目をこすりながら、
「ええっ?だって、まだノーチェ(夜)だぜ……」
「早くしろ!嫌なら人質は一人でいいんだぞ!」
まだ外は真っ暗である。夜明け前から出発だ。
「明るいと目立つからね。奴らも必死なんだろう」
と山田が言った。

夜が明けると、どこからかヘリコプターの爆音が聞こえてきた。
長沼たちは昼でも薄暗い密林の中を歩いていたが、木々の間から軍用のブラックホーク・ヘリが見えた。
「あれ、政府軍かな?俺たちを捜してるのかな?」
「たぶんね」
「ヤマさん、何とかして知らせようよ」
「やめといた方がいい。そんなことしたら俺たちも殺されるよ」
「俺たちは人質だぜ?人質がいるのに撃ってきたりしないよ」
「人質がいようがいまいが、政府軍はゲリラを見つけ次第、攻撃してくるさ」
むしろ人質が死ねばゲリラのイメージ・ダウンにつながるから政府軍にとっては好都合なのだ、と山田は恐ろしいことを言うのである。

急流にかかる吊り橋を渡り、激しいスコールに打たれながら歩き続け、長沼と山田は着ている服が所々破れ、ボロキレのようになっていった。
「あいつら、もう政府に要求はしたのかな?俺たちのこと、日本でニュースになってるかな?」
「さあ、どうだろうね。テレビも新聞もラジオもないしなあ」
「日本じゃ今頃、みんな心配してるだろうなあ……」
長沼は日本に残してきた家族や友人のことを思い浮かべ、泣きたくなってきた。
日本にいれば、エアコンの利いた涼しい部屋で、よく冷えたビールを飲める。
平和な生活を捨ててまで、一体自分は何をしに来たのだろう、と思うと悲しかった。
(ああ、俺はバカだった。父さん母さんを怒らせて、姉さんから金を借りてまで、こんなところに来て何をやってんだろう……本当に俺はバカだ。ヤマさんまで巻き込んじゃって……)
今回の旅行を計画したのは長沼である。
こうなったのは自分の責任だと思った。
「ヤマさん、ホントにゴメン。こんなことになったのは俺のせいだよ」
「いいって。気にするな。それよりも、何とかしてここから帰ることを考えよう」
「そうだね。マジでヤマさんはいいやつだよ。俺は幸せ者だ」
思わず涙があふれてきて、長沼は慌てて手で拭いた。

長沼と山田はゲリラの支配地を転々と移動させられていた。
夜明け前に出発し、昼は人目を避けるように密林の中を移動し、粗末な小屋に閉じ込められ、家畜の餌のような食事を与えられる。
常に銃を持ったゲリラに監視されているので、脱走のチャンスはなかったし、たとえ逃げられたとしても、ここがどこなのか分からない。
鬱蒼たる大密林の中で道に迷い、ゲリラに見つかって殺されるか、猛獣に喰われるか、食べ物がなくなって餓死するかのいずれかだった。

拉致されてから1週間が経過した。
政府との交渉はどのくらい進んでいるのか。
狭苦しい小屋に閉じ込められ、空腹を抱えながらじっと辛抱強く待つしかないのだ。
「ああ、体がかゆいなあ」
ずっと風呂にも入っていない。
髪も髭も伸び放題で、体から悪臭が漂っている。
「せめて、水浴びくらいできないもんかな」
「交渉してみようか?」
流暢にスペイン語を操る山田が見張りのゲリラと交渉してくれた。
「俺に言ってもダメだ。コマンダンテ(司令官)に言え」
「コマンダンテに取り次いでくれないか」

ようやく水浴びが許された。
密林の中を流れる小川で体を洗い、着ているものを洗濯した。
冷たい川の水が心地よく肌にしみた。
「ヤマさん、痩せたね」
「ナガヌマちゃんも。ろくなもの食ってないからなあ」
お互いに裸体を眺め、肉の落ちた腕をさすった。

「なあ、カンビオ・デ・ロパ(着替え)は?」
パンツ一枚になってシャツとジーンズを洗い、川辺の岩の上に並べて干しながら長沼が見張りのゲリラに言った。
「着替え?そんなものない」
そっけない返事。
「やれやれ、着替えもないのかよ……」
仕方なく、ボロボロに擦り切れたシャツを着る。
(毎日三食食えて、体を洗って、着替えもしてる俺たちって、ものすごくゼイタクなのかもな……)
と思った。

「ねえ、あの女の子、かわいくない?」
「誰?」
「ほら、いつも見張りの中にいるじゃん。髪の長い、あの娘だよ」
「ああ、あの娘ね」
「あの娘のこと考えてると、チンコがビンビンに立っちゃうよ!」
長沼が興奮して叫んだ。
「何て言うんだろうね、あの娘は」
「今度、名前を聞いてみようか?ついでに電話番号も」
「おいおい、ここは日本じゃないんだぜ」
「そうだったよな……チクショウ、あんな娘と一発やりてえな!」
「コロンビアは確かに美人が多いね」
「俺、ああいう娘と一発やれたら、ここで死んでもいいよ」
「ジャーナリストの夢はどうするんだ?」
「諦めるよ」
「諦めが早いな」
「ピチピチのコロンビア娘を連れて帰るよ」
「言うことがオヤジっぽいな」
「確かに」
「ま、口説いてみるのもいいかもね。オーケーなら日本に連れて帰れるかもよ?」
山田が慰めるように言った。

ゲリラと日本政府の交渉は難航しているようだった。
ゲリラから手紙を書けと言われた。
「日本のファミリア(家族)に書け。早く助けてくれと書くんだ」
家族を揺さぶり、政府に圧力をかけるつもりらしい。
長沼も山田も夢中になって書いた。
「お前たちが生きていることを証明するんだ」
長沼と山田は新聞紙を持たされ、写真を撮られた。
その日付を見れば、少なくともその日までは生きていたことになる。
手紙も写真も送った。
が、いつまで待っても返事は来なかった。

長沼も山田も正気を失うまいと努力していた。
毎日、足が棒になるまで歩かされ、わずかな食物で生かされているだけだ。
食って寝て、じっと解放を待つしかない日々。
何かしていないと気が狂いそうだった。
ゲリラから手紙を書くために与えられたノートに日記をつけたり、ゲリラに頼んで水汲みや食事の準備を手伝ったりした。
(本当に俺たちは生きて帰れるのだろうか?……)
なるべく考えたくないことだったが、考えずにはいられなかった。
「日本政府は俺たちを見殺しにしたんじゃないよね?」
「それはないだろう。あらゆる手段を尽くしてるはずだ」
「交渉が失敗したら?救出に来てくれるかな?」
「どうかな?日本から救出部隊を送るのは無理だし、現地の政府に頼むと言ってもね……」
政府軍の内部にもゲリラのスパイが潜り込んでいる。
情報は筒抜けだろうし、政府軍が来る前に殺されてしまうだろう。
「人質の救出よりゲリラの殲滅が優先だ」
と考え、無差別攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
逃げることも考えないわけではないが、失敗すれば命の保証はない。
ゲリラの兵士たちは司令官から何かあればすぐに人質を射殺するよう命じられていた。

拉致されてから数ヵ月が経過した。
この間、長沼と山田はゲリラに連れ回され、厳しい監視と粗末な食事の中、お互いに支え合って生きていた。
「日本は今頃、クリスマスだね。みんな平和に浮かれてるんだろうなあ」
「去年の今頃は俺たちも飲んで歌って一晩中はしゃいでいたね」
「みんな、俺たちのこと心配してるだろうなあ」
「ナガヌマちゃんは日本に帰ったら何したい?」
「そうだな……温泉に入って、それから冷たいビールを飲みたいね」
「ハハハ、言えてるね」
「ヤマさんは?」
「俺は、まずラーメンを食いたいね。醤油ラーメンを腹いっぱい食いたいな」
「ああ、いいねえ……ラーメン食いたいなあ」
長い間、忘れていた日本の味が脳裏に浮かぶ。
ラーメン、寿司、カツ丼、すき焼き、刺身、天ぷら、白いご飯に味噌汁……。
拉致されてからは毎日、米と豆とジャガイモとプラタノ(甘くないバナナ)だけの食事で、肉はおろか野菜も果物もほとんど与えられないのだった。
思わず涎を垂らし、腹の虫が鳴った。

「日本政府は冷たいな。お前たちのために身代金を払う考えはないらしい」
とゲリラの司令官。
「そんな……」
「5万ドルなら払えると言ってる。つまり、一人につき2万5千ドルだ」
「たったの2万5千ドル?」
それを知って長沼は失望した。
日本の将来を担う自分たちにはもっと価値があると思っていたからだ。

「ヤマさん、俺たちは本当に帰れるだろうか?」
「ナガヌマちゃんらしくもないな。コロンビアの娘を連れて帰るんじゃなかったのかい?」
「だけど、交渉は難航してるみたいだし、助けも来そうにないし……」
「それでも俺たちは生きている。違うかい?」
「それはそうだけど……」
「生きたくても生きられない人間もいる。それに比べれば俺たちはずっとマシだよ」
「でも、ただ生きているだけだ。いや、金のために生かされているだけだ。俺たちには自由がない」
こんな生活が何年も続くくらいなら、いっそのこと死んでしまおうか、と思うこともある。
逃げて、一瞬だけでも自由になって、ゲリラに撃ち殺されるのもいい、と思うことさえあった。
(ああ……俺はただ、じっと解放を待つしかないのか……)
今日も日が暮れる。
今日はダメだった。だが明日は?
その繰り返しだった。

拉致から半年が経過した。
ゲリラは身代金の金額を徐々に引き下げてはいたが、相変わらず交渉は困難を極めていた。
「なんだよ、貧乏な国じゃないんだから、1億くらいなら払ってくれてもいいのに……」
「テロには屈しないという建前があるから、日本政府も簡単に金で解決するわけにもいかないんだろう」
と山田は言ったが、長沼は自分たちがすでに見捨てられているような気がした。

交渉に進展が見られず、ゲリラたちは苛立っているようだった。
長沼と山田はジャングルの奥深くにある人質収容所に連れて行かれた。
そこでは大勢の人質が監禁されていた。
ゲリラとの戦闘で捕虜になった軍人や警官、身代金目的で拉致された企業の重役や資産家、外国人などであった。
日本人は長沼と山田の二人だけ。
二人は他の人質たちと一緒に周囲を有刺鉄線で囲っただけの場所に押し込まれた。
人質の中には10年以上も監禁されているというツワモノもいた。
「10年に比べたら、俺たちなんてハナタレ小僧もいいところだね」
長沼は、平和な日本では想像すら及ばない世界が現実に存在することを否応なしに思い知らされたのだった。

拉致から1年が経過した。
長沼も山田も見違えるような姿になっていた。
長沼は姉に似て色白で女性的な顔立ちだったのだが、灼熱の太陽に焼かれて真っ黒に日焼けし、顔は頬骨が浮き出て精悍に引き締まり、まるで博物館に展示されている原始人のような野生的な顔つきに変貌していた。
山田も顎から鼻にかけて髭に埋もれ、天然パーマの髪はさらにチリチリに縮んで堅くなり、まるで動物園のヒグマを見ているようだった。
「もう1年か……早いもんだなあ。俺もひとつ歳を取ったわけだ」
「なんだかんだ言って、こんなところでも1年も生きられたんだ。案外、人間ってのはしぶとい生き物なんだね」
「俺たち、あと何年生きられるかな?」
「だからさ、ナガヌマちゃん、言ったろ?人間、いつかは死ぬ。黙っていても必ず死ぬんだ。だから、死ぬことは考えちゃダメなんだよ。無意味なんだ。生きることだけ考えなくっちゃ」
長沼は、いつも山田の励ましに勇気付けられてきた。
山田がいなければ、とっくに絶望して自ら死を選んでいたかもしれない。
「そうだね。ヤマさんの言うとおりだよ。俺、いい友達を持って本当に良かったよ」
「日本に帰ったら、二人で温泉に行って、冷たいビールを飲もう」
「ラーメンも食おう。約束だよ」
「ああ、約束だ」

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