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誰も知らない 第4話

1年半たった。
この間、何人もの人質が解放されていった。
「政府とゲリラの和平交渉が進んでいるらしい。うまくいけば俺たちも解放されるかも……」
と期待を寄せたが、長沼と山田は経済大国・日本を代表する人質なのだ。
あくまでも巨額の身代金奪取を目的とするゲリラにとって、そう簡単に手放せるわけがなかった。

2年たった。
単調な生活に少しでも変化をもたらすために始めたスペイン語の勉強で、長沼は今や通訳なしでも日常会話は成り立つくらいに上達していた。
出口の見えない人質生活の楽しみと言えば、週に1回のラジオ放送だけである。
毎週土曜の深夜から早朝5時まで、ラジオ番組「誘拐された人々の声」が放送されるのだ。
この時間帯だけがジャングルの中でもラジオの電波がはっきり届くのである。

「そういやもう2年もテレビを見てないんだよなあ……」
ある夜、長沼はポツリとつぶやいた。
「2年も布団で寝てないし、ラーメンも食ってないし、ビールも飲んでないんだよなあ……」
「カラオケも行ってないし、バイトもしてないし、合コンもしてないよなあ……」
隣で山田もつぶやくように言った。
「俺たち、このまま日本に帰ったら家族もびっくりするだろうね」
「ハハハ……別人だと思うだろうね」
「家に帰る前に、髪を切って、髭も剃った方がいいね」
「行きつけの店でも、俺たちだとは気付かないだろうね」
「マスコミが押し寄せるだろうね。ちゃんと、記者会見で何をしゃべるか決めておかないとなあ」
「俺、ここでの体験談を本に書こうと思うんだ」
「いいねえ。ベストセラー間違いなしだよ」
「ナガヌマちゃんが書いたら?」
「どうして?」
「ジャーナリスト志望だったろ?」
「そうだったね」
「それに印税が入ってきたら、お姉さんから借りた金も返せるだろ?」
「なるほどね。さすがはヤマさんだ」
「テレビや新聞の取材が殺到するだろうから、マスコミ関係にコネもできるしさ」
「そこまで考えてたとは……やっぱヤマさんはいいやつだ!」
まだ解放されると決まったわけでもないのに、長沼と山田は解放後の話に夢中になった。

生きることにこれほど夢中になったこともなかった。
毒虫や毒蛇、猛獣や疫病が蔓延しているジャングルでの生活なのだ。
人質たちは逃げられないよう首に鎖を巻かれ、寝るときもそのままだった。
鎖の一端は地面に置かれた丸太につながれ、人質たちは地面にビニールシートを敷いて寝るのだ。
もはや人間ではなく、動物以下の扱いだった。
最も恐ろしいのはマラリアである。
熱帯地方に多いこの病気は、ハマダラカによって媒介され、発病すると40度の高熱を出し、死亡率は高い。
満足な医薬品もない。
ドクトル(医者)と呼ばれるゲリラが一人いるだけで、彼が持っているのは胃薬とアスピリンだけだった。
何年も監禁された挙げ句、病気で命を落とす人質もいた。
(何年も我慢して、こんなところで死んだんじゃ浮かばれないよなあ……)
と思っても、過酷な環境に長くいると、悲しいとか、悔しいとか、人間的な感情も薄れてしまうようだった。
(これって、やっぱり異常なのかな?それとも精神が鍛えられたってことになるのかな?)
日本にいたときは、生きることについて真剣に考えたこともなかった。
ただなんとなく生きて、面白そうなことをやっていただけだ。
日本が平和すぎるのかもしれない。

2年半たった。
コロンビア政府と反政府ゲリラの和平交渉が決裂したらしい。
ジャングルの上空を小型のプロペラ機が飛び回るのが見えた。
コカ畑に除草剤を散布しているのだ。
政府の支配も及ばない貧しい農村では、農民たちが生きていくためにコカの木を育て、麻薬の原料となるコカイン・ベースを作り、それを麻薬商人に売って、わずかな生活の糧を得ている。
食っていくためには仕方のないことだ、とゲリラは言う。
ゲリラは農民のコカ栽培を認め、課税することで莫大な軍資金を得ている。
コロンビアは世界最大のコカイン生産国であり、全世界で消費されるコカインの8割を生産していると言われる。
アメリカ政府は1999年、コロンビアのコカ生産を6年で半減させるという「コロンビア計画」を開始し、コロンビアのコカ栽培地にグリホサートという強力な除草剤を撒き散らしてきた。
除草剤はコカだけでなく、農民が食べるイモやバナナまで枯らしてしまい、地下水も汚染し、住民は深刻な健康被害を受けているとされる。
ゲリラは除草剤の散布中止を求めていたが、アメリカの後押しを受けた政府は応じなかった。

「ゲリラにもそれなりに言い分があるんだな」
長沼は自分たちを拉致・監禁し、ひどい扱いをしてきたゲリラにもほんの少しだけ同情する気持ちになった。
「ナガヌマちゃん、いけないよ。ストックホルム症候群ってやつだ」
と山田が忠告する。
1973年、北欧のスウェーデンで銀行強盗が人質を取って立てこもるという事件が発生した。
この時、人質たちが犯人に協力して警察に敵対的な行動を取り、解放後も人質が犯人をかばい、警察に対して非協力的な態度を示した。
犯人と人質が閉鎖的な環境で非日常的な体験を共有すると、人質が犯人に同情的になり、犯人に共感・共鳴し、愛情すらも覚えるようになる。
こうした現象をストックホルム・シンドロームという。
「ゲリラに感情移入するのは禁物だ。あいつらは犯罪者なんだからね。どういう事情があろうと、麻薬や誘拐や殺人が許されるわけないじゃないか」
「それはそうだけど……」
「俺は奴らと友達になるつもりはないし、敵対するつもりもない。距離を置くことだね」
山田の言うとおりだろう。
甘い考えは捨てなければやっていけない、と思った。
が、心のどこかで、敵にも愛されたい、という気持ちがあったのは否めなかったのである。

アメリカの麻薬撲滅作戦に怒ったゲリラは、除草剤を散布していた飛行機を撃墜した。
そして、乗っていたCIA(米中央情報局)の工作員を捕虜にし、除草剤の散布中止を要求した。

それは突然始まった。
長沼と山田はジャングルの収容所で寝ていたのだが、月も出ていない闇夜の中、いきなり雷鳴のような閃光と爆音が走った。
「敵襲だ!」
ゲリラの怒号と銃声、名状しがたい衝撃と混乱。
一体、何が起きたのかさっぱり分からなかったが、スペイン語に混じって英語も聞こえてきたので、米軍が捕虜の奪還作戦を始めたのだ、と瞬時に察した。
「どうやら、陽動作戦らしいな」
と山田が言った。
ゲリラの注意を人質から逸らしておき、その隙に捕虜を救出する作戦なのか、銃声は一方向から集中して聞こえる。
果たして、顔を迷彩色に塗った米兵が現われ、人質たちを囲む鉄条網をナイフで切り始めた。
「我々はデルタフォースだ!諸君を救出に来た!」
アメリカ陸軍の精鋭部隊だ。正式名称は第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊であり、アメリカ政府は公式にはその存在を認めていない。つまり、極秘の作戦に投入されるのである。
「やったぞ!ついに日本に帰れるんだ!」
長沼は飛び上がらんばかりに小躍りして喜んだ。
「ヤマさん、やったね!」
「ああ、苦労した甲斐があったよ」
誰もがこれで帰れる、自由の身になれると思った、その瞬間……。
デルタ部隊の兵士が頭から血煙を噴き上げた。
長沼の顔に血飛沫が飛び散り、思わず目を閉じた。
耳を聾する凄まじい銃弾の嵐。血と肉片が乱舞し、長沼と山田は本能的に地面に伏せた。
ゲリラが丸腰の人質たちに容赦なく機銃掃射の雨を浴びせたのである。
長沼と山田は人質の死体の山に隠れ、息を殺してじっと身を潜めるしかなかった。

血塗られた惨劇から一夜明け、人質の生存者は長沼と山田の二人だけだった。
「何をしてる!もたもたするな!さっさと働け!」
ゲリラたちは怒り狂っていた。
人質だけでなく、大勢の仲間が死んだのだ。
辛うじて生き残った長沼と山田には辛い仕事が待っていた。
ゲリラの命令で死体の処理をやらされたのである。
スコップで深い穴を掘り、無残な死体を運んできて埋める。
「グリンゴ!」
と叫びつつゲリラが米兵の死体に銃弾を浴びせ、唾を吐きかけた。
Gringoはスペイン語で余所者という意味だが、ラテンアメリカではアメリカ人に対する蔑称として使われる。
米墨戦争(1846~1848)の際、メキシコの兵士が侵略者である米兵に対し、米兵の軍服が緑色だったことから「green go!(緑は出て行け!)」と叫んだことに由来する。
自分たちは殺されなかっただけまだマシだが、アメリカ人の次に日本人が憎悪の対象になるのは時間の問題だ、と思った。
「なんだって俺たちがこんな目に遭わなきゃならないんだ?」
山田と死体の手足をつかんで運びながら長沼がぼやいた。
「さあね。これも運命なら仕方ないさ」
「運命?運命って誰が決めるんだ?神様か?」
「たぶんね。生まれたときから決まってるんだろうよ」
「神なんて糞喰らえだ!俺は運命なんかに従わないぞ!」
悔しくて涙があふれた。
何があろうと絶対に生きて帰ってやろう。理不尽な運命などに翻弄されてたまるか、とファイトが燃え上がった。
血と汗と泥にまみれながら、長沼と山田は黙々と死体を運び、穴に埋める作業を繰り返した。

米軍による救出作戦の失敗後、長沼と山田に対する待遇はさらに悪化した。
二人は別々に竹で作った籠のようなものに押し込まれ、地面に掘った縦穴に入れられた。
まるで生きながら埋葬されたような感じである。
食事も減らされ、やせ衰えた体はさらに痩せ細った。
(俺たちを弱らせて、餓死させるつもりか?……)
空腹と疲労は、考える気力すらも奪い取った。
(こんなところで生かされるくらいなら、いっそのこと一思いに殺された方がマシだ)
と思った。

数日後、長沼と山田は穴から引き出された。
ゲリラに小銃で背中を小突かれながらフラフラした足取りで歩いていくと、小屋の中にビデオカメラが置かれていた。
「何のつもりだ?俺たちに命乞いをさせようって言うのか?」
長沼は嘲笑を浮かべた。
「無駄だよ。日本政府は俺たちのために金を払う気なんてないさ」
すると、ゲリラの司令官が腰から拳銃を引き抜いた。
黒光りするコルト・ガバメントの冷たい銃口が向けられた。
「人質は一人で十分だ。二人もいらん。どっちが先に死にたいか言え!」

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土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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