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Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。



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誰も知らない 第5話

とうとう殺されるのだ。
家畜以下の扱いを受けるくらいなら死んだ方がマシだと思っていたが、いざ自分が殺されるかもしれない状況に置かれてみると、長沼は自分でも情けなくなるくらい動悸が高鳴り、体中が勝手にブルブル震え出すのを感じた。
「う、嘘だろ!俺は死にたくない!頼む!助けてくれ!」
人間、死に直面するとこうも生にしがみつこうとするものなのか。
生存本能がいとも簡単に理性やプライドを消し去ってしまうものなのだ、ということを知った。
「ポルファボール!ノー・マター!(お願いだ!殺さないでくれ!)」
長沼は跪いて拝むように言った。
「無駄だよ、ナガヌマちゃん。どうせこいつら、俺たちを生かしておく気なんてないんだ」
いつも不気味なほど冷静な山田。
「人質は二人いるんだ。どっちかを殺して、見せしめにしなきゃ金は取れない」
「そ、そんな!」
「じゃんけんで決めよう。どっちが犠牲になるか」
「や、ヤマさん!何言ってんだよ!」
「俺が死ぬか、ナガヌマちゃんが死ぬか、二つに一つしかない」
「ヤマさん、頭おかしいのか?!俺は……」
「フェアに行こうよ。どっちかが死ぬしかないんだ」
「バカじゃねえのか?!俺は絶対に死んでやらねえぞ!!」
「俺だって死にたくないさ。でも、誰かが死ななきゃ誰も助からない」
「ひ、ひでえよヤマさん!さんざん希望を持たせておいて最後はこれかよ!」
「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ?何か名案はあるのか?」
「こんなことになると分かっていたら、二人で協力して逃げることだってできたじゃないか!」
「逃げる?どこへ?地図も持ってないのにどこへ逃げるんだ?」
冷たく突き放されるような言い方をされて、長沼はムラムラと怒りがこみ上げてきた。
「最初からそのつもりだったんだな?!卑怯だぞ!!」
「卑怯?俺は卑怯な真似をした覚えはないが」
「俺の気持ちを弄んでたんだろう!!」
「そんなことをして俺に一体何のメリットがあるんだ?」
「チクショウ!あんた、鬼だ!見損なったぜ!!」
悔しくて涙があふれてきた。
ヤマさん、ヤマさん、と慕っていた自分が情けなかった。
苦楽を分かち合ったこの2年半は一体何だったのか?
「よし、分かった!ペレア(喧嘩)はやめろ!そこまでだ!」
遮るように司令官が怒鳴った。
「続きはあの世でやってもらおう」
銃口を向けられた。
(殺されるっ!!……)
長沼は思わず目を閉じた。
鋭い銃声が響いた。
身が竦み上がったが、どこも痛くない。
恐る恐る目を開けると、
「ああっ、ヤマさん!!」
長沼の視界に飛び込んだのは頭を撃ち抜かれた山田の姿だった。
「や、ヤマさん!死んじゃ嫌だ!目を覚ましてくれよ!ヤマさん!」
長沼は号泣しながら山田の体を揺さぶった。
山田は額から血を流し、ピクリとも動かない。
おそらく即死だったのだろう。
「チクショウ!ヤマさんが何したって言うんだ!お前ら人間じゃねえよ!なんだってヤマさんを!!……」
司令官は拳銃を腰に差して言った。
「そいつはいつもカルマ(冷静)だった。何かを企んでいると思った。生かしておくのは危険だ」
長沼は山田の死体にすがり付いて泣き伏した。
「ヤマさあん!俺を独りにしないでくれよお!一緒に日本に帰ってラーメン食おうって約束したじゃんかよお!!」
他の人質の死にはあまり心を動かされなかった長沼も、山田の死には慟哭した。

「アミーゴ(友達)を葬ってやれ」
スコップを渡され、長沼は山田を埋葬するための穴を掘った。
山田の死体を横たえ、土をかぶせる。
土を盛り上げておいて、木の枝で作った十字架を突き立てた。
手を合わせ、長沼は山田の冥福を祈った。
「ヤマさん、疑ったりしてゴメンよ。俺が悪かった……」
長沼は両手で土を握りしめた。
「一緒に日本に帰って、温泉に入って、冷たいビールを飲みたかったよ……」
山田が言うように、これも運命なのかもしれない、と思った。
「ヤマさん、一緒にいて楽しかったよ。ヤマさんのことは絶対に忘れないよ」
いつも笑顔を絶やさなかった山田との思い出を脳裏に焼き付けておいた。

山田が殺されて長沼は決意を固めた。
(俺は何としてでも生きて日本に帰るぞ!!)
どんな困難が待ち受けていようとも、山田の分まで生きて、日本に帰ろうと心に誓った。
そして、可能ならば山田の無念を晴らしてやろうと思った。
(俺は死なないぞ!日本に帰るまでは絶対に死んでやらんぞ!!)
長沼は、ひたすら耐えることにした。
いつの日か自由になれることを信じて、粘り強くチャンスの到来を待つしかないと思った。

山田の死から数日後、長沼はゲリラに連れられて長い旅に出発した。
昼間でも太陽の光がほとんど差さない鬱蒼たる熱帯雨林を歩き続けた。
広大な川を小船で渡り、灼熱の陽光が降り注ぐ大草原をひたすら進んだ。
どこに行こうとしているのかは分からなかったが、温暖湿潤なジャングルを出て、次第に冷涼で乾燥した高原地帯に向かっていることが分かった。
日本の3倍強の面積を持つコロンビアは国の中央を長大なアンデス山脈が走り、国土の大半は険しい山岳地帯と奥深い密林に人跡未踏の湿原が広がっている。
軍隊や警察の力が及ぶ範囲は限られており、ジャングルとアンデスという“天然の要塞”に守られ、言わばゲリラや無法者にとっては好都合な条件が揃っているわけだ。

標高が高くなるにつれ、どんどん気温は下がり、天気も悪くなった。
(暑いところから今度は寒いところか……)
長沼は寒さが苦手だ。
震えながら歩いていると、ゲリラに同行していた地元のインディオの男がポンチョを与えてくれた。
インディオが作った帽子をかぶり、食糧や武器を運ぶバターラ(戦闘)というラバに乗せられた。
山道は険しさを増し、吐く息は白くなった。
長沼は、かつてコロンビアをスペインの植民地支配から解放した英雄シモン・ボリーバルが解放軍の兵士を率いてアンデスを乗り越え、スペイン軍の裏をかく作戦で独立を勝ち取ったという昔話を誇らしげにゲリラから聞かされた。
ゲリラの兵士たちは、ろくに読み書きもできない無学で貧しい若者だが、どの目もキラキラと輝いていて、生き生きとしているのが印象的だった。
そして、彼らの多くは親切で友好的で、自国を愛し、とても誇りに思っているのが特徴的だった。
貧富の格差が激しく、暴力の絶えない絶望的な国なのに不思議だ、と思った。
平和で豊かな日本では、誰もが疲れた顔をして、何かに追い立てられるように生きている。
世界に誇る経済大国と言われながら、どの顔もあまり幸せそうには見えない。
いつしか長沼は、コロンビアという国に強い愛着を覚えるようになっていた。

アンデス山中の標高3千メートルを超えるゲリラのキャンプにたどり着くと、長沼は粗末なテントの中に閉じ込められた。
足を鎖でテントの支柱につながれ、自由に歩き回ることは許されなかった。
寒さは厳しく、焚き火で暖を取るが、酸素が薄いせいか火力は弱く、長沼は汚い毛布に包まって夜を明かした。
山の天候は急変する。晴れていると思っていても、いきなり鉛色の雲が空を覆い、刺すように冷たい風が吹き荒れ、小石のような霰が降ってくることもあった。
震えながらテントの中でうずくまって横たわっていると、
「これ、食べて」
ゲリラの少女が人目を忍ぶようにして食べ物を持ってきてくれた。

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