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誰も知らない 第7話

「お前はチーノ(中国人)か?」
パラの司令官が訊ねた。
頬から顎にかけて大きな傷跡のある男だった。
「ノー・エストイ・ハポネス(いや、日本人だ)」
と長沼。きっと、事情を説明すれば助けてくれるだろうと思った。
「お前たちはゲリラか?」
司令官が酷薄そうな視線を射つけた。
「違う!俺はゲリラなんかじゃない!レエン(人質)だ!逃げてきたんだ!」
長沼は懸命に弁解した。
ゲリラの仲間と間違われたら容赦なく殺されてしまうだろう。
「ドゥエルメ!(嘘つけ!)じゃあ、この女は何だ?ゲリラじゃないのか?」
司令官が小柄なオマイラには似合わないダブダブの軍服の襟首をつかんで引き寄せた。
「よせ!彼女も一緒に逃げたんだ!今はゲリラじゃない!」
「ノー・エス・ウン・ゲリジェーロ?(ゲリラじゃないだと?)」
「彼女はゲリラに売られただけだ!家に帰りたいと言ってるんだ!」
「ふん……」
司令官は嘲笑した。
「売られようが、逃げようが、ゲリラはゲリラだ。こいつは殺す」
「やめろ!彼女に手を出すな!俺も彼女もビクティマ(被害者)なんだ!」
長沼は、山田とともにゲリラに拉致され、山田が殺されてからオマイラとともに脱走するまでの経緯を話した。
司令官は黙って聞いていたが、
「では、お前はアミーゴのベンガンサ(復讐)のために逃げたと言うのか?」
逆に問うた。
長沼は一瞬、返事に窮した。
本当は、このまま日本に帰りたいが、オマイラを見捨てるわけにはいかない。
オマイラは命の恩人なのだ。
彼女がいなければ逃げることさえ叶わなかっただろう。
オマイラを見殺しにはできなかった。
それに、山田の仇討ちのために逃げたと言えば、パラミリタールの兵士たちも自分に同情してくれるのではないか、と考えた。
「ああ、そうだ!俺はゲリラが憎いんだ!あいつらに復讐したいんだ!殺されたアミーゴのレセンティミエント(恨み)を晴らしたいんだよ!」
長沼は涙ながらに訴えた。

長沼の訴えが功を奏したのか、パラミリタールの兵士は長沼とオマイラを殺すことはなかった。
が、二人はパラミリタールのキャンプに連行され、またしても粗末な小屋に監禁されてしまった。
「あたしたち、これからどうなるの?」
オマイラが不安げに言う。
「さあね。クエ・シルクンダ・ビエネ・アルレデドール(なるようにしかならないさ)」
まるで、山田の口癖が移ってしまったようだと思い、苦笑した。
「あなた、殺されたアミーゴの復讐をしたいって本当?」
「ヤマさんはいいやつだった。何も悪くないのに殺されたんだ。黙っているわけにはいかないよ」
長沼は語気を強めて言った。
「ヒロト、気持ちは分かるけどやめて。お願い。そんなことをすれば、あなたも殺されてしまうわ」
「何年も自由を奪われた挙げ句、虫けらのように殺されたんだ。殺した奴を絶対に許さない!」
山田を殺したゲリラが法の裁きを受けるとは思えない。
第一、犯人が何者で、どこにいるのかも分からないのだから捜しようがなかった。
手がかりさえつかめれば、何としてでも捜し出して、この手で報復の鉄槌を振り下ろしてやりたいのだが……。
囚われの身では、それさえ叶わないと思った。

翌日、長沼とオマイラは小屋から引き出された。
(いよいよ、殺されるのか?それとも……)
不思議と死は怖くなかった。
もう何があろうと、すべて運命として受け入れようと決めていた。
人生は川の流れに似ている。
流れに逆らって泳いでも、流れに任せて浮かんでも、行き着くところは同じだ。
運が良ければ岸にたどり着けるかもしれない。
運が悪ければ必死に泳いでいても溺れ死ぬしかないのだ。
長沼とオマイラは司令官のいる小屋に連れて行かれた。
そこで待っていた答えは意外なものだった。
「お前たちをソルダード(兵士)として鍛え直すことした。嫌なら殺す。どうだ?」
パラミリタールの兵士になれ、というのだ。
「ナガヌマ、と言ったな?お前はゲリラにアミーゴを殺されたんじゃないのか?ゲリラが憎いだろう?俺たちと一緒にゲリラと戦うんだ。ゲリラを殺せばアミーゴの恨みも晴れるだろう。違うか?」
さらに、オマイラにはこう言った。
「お前はデセルトール(脱走兵)だな?親に売られ、ゲリラにも戻れない根無し草だ。家に戻っても、またどこかへ売られるだけだ。ゲリラに戻れば殺される。どうだ?死にたいか?まだ死にたくはないだろう?」
司令官は言った。
「お前たちを殺すなど訳もないことだ。オ・エン・ビボ(生きるか)、オ・モリー(死ぬか)、デシディール・ポル・ウノ・ミスモ(自分で決めろ)」
長沼は迷ったが、結局、そうするしかないと思った。
山田の恨みを晴らしたいし、このままオマイラと一緒にいたい。
ふたつの願いを叶えるには、パラミリタールの兵士になるしかないのだ。
「分かった。俺をコンパニェーロ(仲間)に入れてくれ」

長沼とオマイラは新兵の訓練所に送られた。
山の中のキャンプで厳しい訓練の日々が始まった。
兵士の卵は皆、年端もいかぬ少年少女ばかりだ。
(なんだか、学生時代の合宿みたいだな)
と思ったが、訓練は生やさしいものではなかった。
最初に習ったのは7.62ミリと5.56ミリ口径の小銃の扱い方だった。
長沼は以前、家族旅行でグアムに行ったとき、射撃場で拳銃を撃ったことがある。
しかし、小銃は重く、分解して組み立てたり、オイルを染ませた布で拭いたり、すべてのことを自分でやらねばならない。
訓練を施すのは元軍人たちで、いささかも容赦がなかった。
テストに合格しないと殺されるのだ。毎日が命がけだった。
鉄条網の下を匍匐前進で進み、手榴弾を標的に投げつけ、小銃で的を撃ち抜く。
音を立てずに敵に接近し、ナイフで殺す方法も学んだ。
格闘技の訓練もあった。
長沼は試練に耐えた。
3年に及ぶ過酷な捕虜生活は彼の肉体をいささかも損ねてはいなかった。
小学生の頃からサッカーで鍛え抜いた体力がモノを言ったのだろうか。
オマイラもよく耐えた。
長沼はオマイラがテストに落ちて殺されやしないかと気が気でなかったが、
(オマイラもなかなかやるなあ……)
と思った。

3ヵ月に及んだ訓練が終わった。
「ナガヌマ、よくやった。これでお前も一人前の兵士だ」
教官が長沼の肩を叩いて褒め称えた。
「だが、まだやらねばならないことがある」
「何ですか?」
「こっちに来い」
教官の後についていくと、オマイラが木の幹に縛り付けられているのが見えた。
「彼女に何をするんですか?放してやってください!」
長沼が抗議すると、教官がマチェーテ(中南米の農民が使う大きな山刀)を引き抜き、
「人を殺さなければ一人前の兵士とは言えん。これで、あの女を切り刻むんだ」
と命じた。長沼は狼狽した。
「じょ、冗談じゃない!そんなこと俺にはできません!」
「やれ!ペチョ(乳房)を抉り取るんだ!やらなきゃ貴様を殺す!」
教官にマチェーテを押し付けられ、やむなく長沼は柄を握った。
オマイラは身動きできず、猿轡を噛まされ、もがきながら必死に長沼に目で訴えている。
手が震える。命の恩人を殺すことなどできるはずがなかった。
「イラソナブレ!(無理だ!)俺には無理です!」
長沼は叫んで、マチェーテを地面に突き立てた。
「もう、いいだろう。そのくらいにしておけ」
司令官が止めに入った。おかげで救われた。長沼は全身の力が抜けるのを感じた。

その夜。
長沼が一人でカラシニコフ銃の手入れをしていると、
「ヒロト、あたしを助けてくれてありがとう」
オマイラがやってきて言った。
「あたし、あなたが殺されるんじゃないかと思って、すごく怖かった……」
「君は俺の命の恩人だ。俺が君を殺せるわけがないじゃないか」
「分かってる。あなたはそんなことをする人じゃない」
「俺は君を殺すくらいなら殺された方がマシだよ」
あの教官は自分を試していたのだ、と思った。
オマイラを殺せば、長沼は簡単に仲間を裏切る男とみなされ、その場で殺されていただろう。
「俺はいつでも死ぬ覚悟はできている。君のためなら死んでもいい」
「ダメよ。ヒロト、死んじゃダメ。お願い、生きて。あたしをひとりにしないで」
オマイラが泣きそうになって長沼に抱きついた。
「誰が君をひとりにするものか。死ぬときは一緒だよ」
「フェリーズ(うれしい)……」

コロンビア中部を流れる大河マグダレーナの支流リオ・ネグロ(黒い川)の畔の山の斜面の茂みに長沼は身を潜めていた。
眼下にはゲリラのキャンプがあり、30人ほどのゲリラが野営していた。
川辺で洗濯をしたり、仲間とサッカーに興じるゲリラもいた。
ロハスという司令官の率いるパラミリタールの部隊に加わり、初めての戦闘に参加した長沼は、
(何としてもヤマさんを殺した奴を見つけて殺してやりたい!)
と思っていた。
3ヵ月の猛特訓に耐え抜き、自信もあった。
長沼から5メートルほどの距離に見張りのゲリラがいた。
仲間たちがサッカーを楽しんでいるのを眺めながら、マッチを擦ってタバコに火をつけた。
長沼は腰に差しているナイフを抜いた。
音を立てぬよう注意しながら、ゆっくりとゲリラの背後に迫る。
相手はまだ若い髭面の男だ。
長沼とさほど年齢は違わないだろう。
息を詰め、長沼は右手にナイフを構えて一気に襲いかかった。
「うっ!……」
ゲリラの口を左手で封じながら前のめりになるようにして頭を押し倒し、喉笛にナイフの刃先を滑り込ませて掻き切った。
こうすると首にシワができてナイフの刃がうまく入る。
訓練で習ったとおりだった。
長沼はゲリラとともにうつぶせに倒れ込み、血に塗れた右手を引き抜いた。
生温かい血が頬に飛び散った。
ゲリラはわずかな呻き声を漏らし、やがて動かなくなった。
生まれて初めて人を殺したのだ。
体中が燃えるように熱していて、そのくせ頭の中はどこまでも冷たい。
長沼は左手の甲で顔に散った血糊を拭った。
(これが、人を殺すということか……)
恐怖はなかった。
目の前に転がるのは敵であり、死ねばただの肉の塊だ。
得体の知れない衝動が長沼の胸に突き上げてきた。

この日の戦闘で長沼は2人殺した。
ゲリラにカラシニコフの銃口を向け、引き金を引いたとき、長沼は獲物を狩る猟師のような興奮に包まれていた。
山間にこだまする乾いた銃声、ずしりと肩に響く反動、甘いようなコルダイト火薬の硝煙の匂い。
発射された銃弾は敵の頭を貫き、血と脳漿をぶちまけ、素手ではとても敵わない相手でも紙人形を倒すようにいとも簡単に打ち負かせる。
この、何物にも代えがたい快感が長沼を魅了した。
戦争はダメだ、平和が一番だといくら口で唱えても、人間は絶対に争いをやめないし、この世から戦争が消えてなくなることもない。
人間の怒り、恨み、憎しみ、そして敵を圧倒したいという本能的な征服欲。
これらのものがある限り、人間は殺し合い、傷つけ合うことを決してやめようとはしない。

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土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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