土屋正裕のブログ
プロフィール

土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。



最新記事



月別アーカイブ



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

誰も知らない 第8話

ここでコロンビア内戦の背景について少し触れておかねばなるまい。
コロンビアは日本の3倍強という広大な国土を持ち、温暖な気候と肥沃な大地、豊富な資源に恵まれた国である。
日本ではコーヒー豆の世界的な産地という印象が強いが、石油や石炭、天然ガス、金、銀、銅、ニッケルなどの地下資源も産出する。
が、国民の7割はその日の食べるものにも困るという貧困層であり、中南米でも特に貧富の格差の激しい国である。
300年近くにも及んだスペインの植民地支配から独立を果たした19世紀前半以降、コロンビアでは基本的に議会制民主主義による政治体制が続いてきた。
中南米では当たり前のように繰り返されたクーデターや独裁もほとんど経験せず、コロンビアは「西半球で最も古い民主主義国家」と評されたほどだ。
しかし、大地主やカトリック教会などの支配層を支持基盤とする保守党と、零細農家や都市労働者などを支持基盤とする自由党の二大政党制の下で、政党対立を背景とした内紛が繰り返され、多くの国民は植民地時代から続く貧困の中に置き去りにされてきた。

1899年、コーヒー価格の暴落で国家経済が破綻すると、コーヒー農家による反乱から「千日戦争」と呼ばれる大規模な内戦が発生。死者は全国で10万人以上に達したとも言われる。
その後の半世紀はアメリカ資本の導入による経済成長で安定した時代が続いたが、貧困の根本的な解消には至らず、「労働者の楽園」を公約に掲げた自由党のカリスマ的政治家ホルヘ・エリエセル・ガイタンが1948年に首都ボゴタで暗殺されると、これを契機に全国的な騒乱に発展した。
以後の10年間はラ・ビオレンシア(暴力の時代)と呼ばれ、自由党・保守党双方の党員による凄惨な殺戮と内戦で犠牲者は20万人にも及んだとされる。
その後、政党対立は終息したが、土地を求める農民の反乱が相次ぎ、1959年のキューバ革命を機にコロンビアでも社会主義革命を掲げる反政府ゲリラが次々に武装蜂起した。
1964年、政府軍による農民弾圧をきっかけに最大の左翼ゲリラ組織「コロンビア革命軍(FARC)」が結成されると、翌年にはキューバから帰国した学生たちにより第二のゲリラ勢力である「民族解放軍(ELN)」が結成された。
政府軍と反政府ゲリラの内戦が始まると、コロンビアの共産化を恐れたアメリカが介入し、共産主義ゲリラの脅威に対抗すべく右翼の民兵組織を結成、ゲリラとの戦いに従事させる。
こうして政府軍、左翼ゲリラ、右派民兵による三つ巴の内戦が始まった。

コロンビア内戦を泥沼化させたのは麻薬である。
1970年代後半、アメリカはベトナム戦争の敗北で社会は退廃的になり、道徳が失われて麻薬が蔓延し、空前のコカイン・ブームが巻き起こった。
コロンビアのマフィオーソ(マフィア)がペルーやボリビアで生産されるコカの葉をコロンビアに運び、コカインに精製し、アメリカに密輸するルートを確立すると、莫大なコカイン・マネーで政府をもしのぐ力を持つようになった麻薬カルテルは米国の後押しで麻薬を取り締まる政府と激しく対立した。
この時、政府軍との苦戦を強いられていたゲリラに絶好のチャンスが訪れた。
麻薬カルテルと協力関係を築いたゲリラは、コカインの精製工場や密輸ルートを守る代わりにカルテルから多額の軍資金を受け取り、政府軍よりも優れた武器を装備することで急速に勢力を拡大させたのである。
その規模は、1995年にコロンビア政府が麻薬カルテルを壊滅させると、FARCがコカイン取引に直接関与することで急成長し、6千人ほどだった兵力が最盛期には2万人にも膨れ上がり、コロンビアの3分の1(日本と同じ面積)を支配下に置くようになった。
支配地を広げたゲリラは要人誘拐による身代金奪取にも力を入れるようになり、資産家や大企業の重役のみならず、金を取れそうな一般市民や外国人まで手当たり次第に拉致し、軍隊も警察も手を出しにくいジャングルやアンデスの僻地で監禁した。
2000年には外国人22人を含む3706人が誘拐され、5年間にゲリラが手に入れた身代金の総額は1030億円にも達したと言われる。
麻薬と誘拐で毎年8億ドルもの軍資金を調達するゲリラは、冷戦後も衰えることなく、貧困に苦しむ若者や農民をリクルートし、まさに「国家の中の国家」と呼ばれる状況に発展していったのである。

こうした中、コロンビア政府は1999年からFARCと和平交渉を始めた。
だが、交渉に反対する軍部と右派は、コロンビア全土の右派民兵を統合し、「コロンビア統一自衛軍(AUC)」を結成する。
AUCもコカインを資金源としながら、ゲリラと関係があるとみなした農民を毎年千人も虐殺し、コロンビア内戦は泥沼の深みにはまり込んでいったのである。
アメリカ政府は2001年、AUCをFARCやアルカイダ(イスラム原理主義のテロ・グループ)と並ぶ国際テロ組織に指定したが、一方でAUCを水面下で支援し、ゲリラの封じ込めに利用した。
ゲリラを叩く側も、ゲリラを助けている側も、同じアメリカという皮肉な構図である。
50年以上にも及ぶ内戦の犠牲者は20万人以上、国内避難民はイラクよりも多い700万人以上にも達するとみられている。

スポンサーサイト


コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://tsuchiyamasahiro.blog.fc2.com/tb.php/13-39bec25b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。