記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

誰も知らない 第9話

長沼のゲリラを追う旅は続いた。
激しい戦闘を重ねる中で、長沼は彼なりにコロンビアの内戦の実態をつかめてきていた。
ゲリラとパラミリタールの戦いは、もはや政治的な対立ではなく、豊かな土地やコカ畑の権利を巡る縄張り争いに過ぎない、ということである。
ゲリラもパラミリタールもコカインを主な資金源とする以上、コカ畑を広げるために農民たちを土地から追い出し、または農民にコカ栽培を強制してコカイン取引に課税するしかない。
お互いに縄張りを広げ、あるいは守るために血で血を洗う凄惨な殺し合いになる。
いつも犠牲を強いられるのは無力な庶民であった。
武器を持たない農民たちはコカを作るか、長年住み慣れた土地を捨ててアテのない旅に出るしかない。
パラミリタールはゲリラ支配地の農民をすべて追い出すか、皆殺しにしてゲリラへの補給路を断ち切るつもりだった。
ゲリラは農民たちに食糧や隠れ家、政府軍やパラミリタールに関する情報の提供を要求し、若者を新たな兵士として徴用する。
徴税や徴兵を拒否すればゲリラに殺され、ゲリラに協力したとみなされればパラミリタールに殺されるのだ。
(この世界では、力のない人間は虫けら以下の存在でしかないのか……)
長沼は黒いベレー帽をかぶり、迷彩服を着てカラシニコフ小銃を携えて歩いていると、どこの村や町でも尊敬されることを知った。
戦場では武装していない者など誰からも尊重されないし、武器を持つことで自分の弱さをカバーするとともに戦う意思を示すことで初めて一人前の人間として認められるのだ、ということを否応なしに思い知らされたのだった。
いくら口で平和共存を唱えても、丸腰で抵抗の術を知らない人間など誰も守ってはくれない。
日本政府は無力だし、ゲリラに拉致された自分を救ってくれるスーパーマンなど存在しない。
自分にもっと力があれば、武器を持ってさえいれば、あるいは拉致されることもなかったし、親友を殺されることもなかったかもしれない。
(だが、もう俺は弱かった頃の俺じゃない。もっともっと強くなるんだ!)
山田を殺した奴を見つけ出して、この手で息の根を止める。
自分がやらなければ、この世界で一体誰が正義の裁きを下してくれよう?
俺が殺すのは敵だ。俺を拉致し、俺の親友を殺した憎い敵だ。
殺人が悪なんて言っていられるのは平和な時、法律が機能している時だけだ。
俺はやる。仇を討つ。そのためには何人でも殺してやる。
その手を敵の血に染めるたびに、長沼は復讐の快感に酔い、良心の呵責に悩まされることもなくなっていった。

ある夜、野営を張ったキャンプで、長沼はオマイラと初めて結ばれた。
仲間たちの目を避け、森の中にオマイラを連れ込むと、長沼は待ち切れずに彼女と唇を重ねた。
「オマイラ……俺は明日、死ぬかもしれない。ここではいつ死んでもおかしくないからね。でも、もう、いつ死んでもいいんだ。君と一緒ならいつでも死ねる」
「あたしもよ……ヒロト、あなたとならいつ死んでもいい」
「本当か?俺もだ。俺も死ぬ。いつでも一緒に死ぬよ……」
長沼はオマイラの軍服のズボンを下ろし、熱く硬くなったそれを濡れた茂みに潜り込ませた。

コロンビア中部・アンデス高原の町・サンタフェ――
コロンビアでは、どんな小さな町にも必ずイグレシア(教会)がある。
スペインのコンキスタドール(征服者)たちは平和に暮らしていた先住民インディオを徹底的に虐殺し、強姦し、生き残った者を容赦なく奴隷にして酷使したが、侵略者たちはランス(槍)とともに聖書を持ってやってきた。
今も各地に残る教会はその名残だ。宣教師たちはまず教会を建て、地元民をキリスト教に改宗させ、植民地支配がスムーズに運ぶようにした。
かつてはカトリックが国教の地位を占めていたこの国では、今なお敬虔なクリスチャンが多く、貧しさの中でも幸せを感じる人間が非常に多い。
教会の前にはプラザ(広場)があり、ここを中心として街並みが広がっているのもコロンビアの特徴である。
スペイン統治時代の面影を色濃く残す赤茶けた瓦屋根の家屋が建ち並び、石畳の広場では市場が開かれ、色とりどりの野菜や果物、肉や魚、生活用品などが所狭しと並べられ、多くの人々で活気に満ちあふれていた。
コロンビアではありふれたこの町を政府軍とパラミリタールがゲリラの支配から解放したのはつい最近のことだった。
家々の壁にはまだ生々しい弾痕が無数に残り、戦闘の凄まじさを物語っていたが、町の人々はもはや血塗られたラ・ビオレンシア(暴力)の記憶などすっかり忘れ去ったかのように旺盛な生活力を示し、まるで何事もなかったかのように平穏な日常の喧騒に埋没していた。

サンタフェから南に20キロほど離れた山間にラ・カンデラリアという寒村があった。
そこはこれと言った産業もない小さな村だったが、
「村人がゲリラに協力している」
という情報を受け、長沼たちの極右民兵部隊が向かった。
民兵たちは村に入ると、村の広場に村人たちを集めさせた。
司令官のロハスは村長を呼び出し、ゲリラの協力者を差し出すよう迫った。
が、50歳くらいの痩せた小柄な村長は、
「我々はゲリラに協力などしていない。ゲリラは態度が横柄だから嫌いだ」
という。ロハスはそれがトレードマークの口髭を指でしごき、村長の幼い孫娘を抱きかかえ、シグP220拳銃を突きつけて脅した。
「大人しくコラボラドール(協力者)を出せ。でないと、こいつを殺す」
娘が泣き叫ぶ。母親が出てきて懸命に訴える。ロハスが大声で叱りつけた。
「ルイドッソ!(うるさい!)下がってろ!ゲリラはどこだ?答えろ!」
長沼はハラハラしながら事の成り行きを見守っていた。母娘が哀れだった。
「答えんのか?ならば、こうしてやる!」
ロハスが無造作に銃口を母親に向けて引き金を引いた。母親の額に丸く小さな穴が穿たれた。母親は信じられないという表情をして、目を開けたまま死んだ。
火がついたように娘が泣き叫び、母親の死体にすがりつく。長沼は無性に腹が立った。
「こんなことが許されるんですか?」
ロハスに抗議すると、
「お前は何も分かっていない」
吐き捨てるように言った。
「いいか、こいつらはゲリラの仲間だ。ゲリラを匿い、情報を提供している。だから追い出すのだ」
「何故です?彼らはカンペシーノ(貧農)だ。なぜ追い出す必要があるんです?」
「ゲリラどもの補給路を断ち切るためだ。村から人が消えれば、奴らも何かと不便になる」
「それだけ?それだけのために、こんな酷いことをするんですか?」
「どうせ、奴らはまともな人間じゃない。ポーブレ(貧乏人)はどこへ行ってもポーブレだ。人として扱われることはない」
「何故です?彼らも同じ人間じゃないですか。どこが違うと言うんです?」
「奴らはペレーサ(怠け者)だ。情けをかけるに値しない。どこへ行こうが路上を不法占拠し、犯罪とエイズを蔓延させるだけだ。ラ・バスーラ(ゴミ)のような存在なのだ」
「ゴミだって?」
「そうだ。我々はパトリオタ(愛国者)だ。コロンビアを愛している。この国を良くしたいと思っている。ソシアル・デ・プリフィカシオン(社会の浄化)だ。これはリンピエサ(掃除)なのだ」
ロハスは胸を張って言った。
「我々の行動は多くの国民から支持されている。我々のおかげでゲリラの脅威は薄れ、ホームレスは減り、犯罪も少なくなった。すべてはナシオン(国家)のためだ」
「国のためにデスバリド(弱者)を殺すのがウスティシア(正義)なのですか?」
「正義?我々はテロリスタを排除し、この国に正義を取り戻すために戦っているのだ」
「目的のための、イネビタブレ・サクリフィシオ(やむをえない犠牲)だとでも?」
「いいか、ナガヌマ。コロンビアはコムニスモ(共産主義)というペスティレンシア(疫病)に侵されている。アモール(愛)だとか、ペルドン(赦し)だとか、そんなものはクレロ(聖職者)に任せておけばいい。我々はミリタール(軍人)だ。国を守る使命がある。共産主義という疫病を根絶するには、この病気にかかった連中を殺さなければならん。この国をコムニスタ(共産主義者)どもに渡すくらいなら、少数の人間の死など取るに足らん問題だ」
「そのために何人殺すんですか?エスタン・ロコス!(狂ってる!)」
長沼は吐き気がこみ上げた。
結局、ゲリラもパラミリタールもやっていることは同じだ。
国家のため、人民のため、という言い訳で自分たちの行為を正当化しているに過ぎない。
「俺は降ります。こんなイレグラリダデス(悪事)に加担するのは御免だ」
すると、待っていたようにロハスが冷たく言い放った。
「お前、本気で言ってるのか?組織を抜けたら、お前は消される。我々の放ったアセシーノ(刺客)にな……」
「…………」
長沼は何も言えなかった。

民兵たちはカンデラリアの村に火を放ち、家畜の豚を殺し、女たちを犯した。
抵抗する者は容赦なく殺され、村には煙と死臭が漂い、息が詰まりそうだった。
これほどのマタンサ(虐殺)があっても、コロンビアの片田舎を襲った悲劇などニュースにもならないのである。
「戻ってきたら、お前たちを殺す」
ロハスはそう宣言し、母親を殺された娘は村長に背負われ、故郷の村を後にした。
彼らはレフフィアドス(難民)となり、行く先々で迫害されながら、アテのない旅を続けるのだ。
長沼は思った。
(この世は弱肉強食。弱いものはどこまで行っても強いものに喰われ続けるしかないのか?……)

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

最新記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。