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コロンビアへの想い

筆者はコロンビアという国が好きである。筆者が初めてコロンビアの地を踏んだとき、首都ボゴタの空港で、入国手続きの書類の書き方が分からず、警察官が代わりに書いてくれたことを思い出す。わずかな落とし物も拾ってくれる少女がいた。「治安の悪い危険な国」というマイナス・イメージとは裏腹に、親切な人が多いのである。彼らは祖国に誇りを持ち、自国の悪いイメージを払拭しようと励んでいる。その姿に筆者は心を打たれた。コ...

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コロンビアにおけるラ・ビオレンシアについての考察

ここで、コロンビアにおける政治的な特徴についてまとめてみよう。・独立以来、基本的に議会制民主主義による政権交代が行なわれてきた・他のラテンアメリカ諸国のような武力革命は起きていない・歴史上、武力による政権打倒は3回だけである・独裁的な政治指導者は少なく、現われても短命政権で終わっている・一方で内戦が繰り返され、国情が不安定で治安が悪いコロンビアでは1819年の独立以来、基本的には議会制民主主義と選...

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コロンビア歴史物語 第15話

ウリベ政権下でコロンビアの治安は劇的に改善された。かつて農民虐殺を繰り返していたAUCも解体された。2005年に政府と武装解除に合意したAUCは3万6千人のメンバーが投降し、社会復帰の道を歩むことになった。コロンビア政府はAUCと癒着し彼らの虐殺や麻薬取引を黙認していると国際社会から非難されてきた。そんな負のイメージを払拭するため、ウリベはAUCに恩赦を与えて解散させたのである。ウリベは「正義・平...

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コロンビア歴史物語 第14話

政権発足以来最大の危機を乗り切ったウリベは、以後もゲリラ弾圧の手を緩めず、落ち目のFARCを徹底的に追い詰めていく。ナンバー2のラウル・レイエスの死の痛手はFARCにとってあまりにも大きすぎた。最高幹部マルランダの後継者と目されていただけに、レイエスを失ったことでFARCはもはや窮地へと追い込まれていくのである。3月7日、今度はイバン・リオスが殺害された。リオスはFARC最高幹部7人のうちの1人で...

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コロンビア歴史物語 第13話

2002年からFARCに誘拐されていた女性国会議員のクララ・ロハスは6年ぶりに解放されたとき、自分を監禁していたゲリラ兵士との間に一児をもうけていた。監禁中にゲリラに強姦されたのか、それとも互いに愛し合って子供を作ったのか、そのどちらかは不明である。生まれた男の子はジャングルの中で母子ともども厳しい監禁生活を送るわけにもいかず、生後間もなく母の手から引き離され、ボゴタの孤児院に預けられた。実はこの...

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コロンビア歴史物語 第12話

2002年5月の大統領選。自由党右派で対テロ強硬派のアルバロ・ウリベ候補が同じく自由党の穏健派オラシオ・セルパ候補を破って当選した。ウリベはアンティオキアの大地主の出身。ハーバード大学を無試験で卒業したほどの秀才である。彼の父親アルベルト・ウリベは1983年にFARCによって殺害されている。ゲリラに父を殺された男が大統領になったのだ。ウリベはパストラーナの対話路線を批判し「力による内戦終結」を掲げ...

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コロンビア歴史物語 第11話

アメリカ政府は最新鋭のブラックホーク戦闘ヘリをコロンビア軍に提供し、米軍の教官が対ゲリラ戦の指導に当たった。コカ栽培地には上空から「グリホサート」という強力な除草剤が撒かれた。ゲリラによる撃墜を恐れ、飛行機は3千メートルという高空から除草剤を撒き散らしたため、除草剤は霧のようになって大気中に広がり、コカだけでなく農民の食べる作物まで枯らした。除草剤を浴びたバナナは黒く変色し立ち枯れした。さらに除草...

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コロンビア歴史物語 第10話

コロンビア軍は以前から右翼の民兵組織と癒着しながらゲリラや関係者へのテロ攻撃を続けていたが、90年代に入るとさらにやり口は汚さを増してくる。殺した農民の死体にゲリラの軍服を着せてゲリラに見せかける偽装工作をするのは序の口で、現役の軍人が民兵組織とともに民間人を拉致・拷問したり暗殺といった非常手段を平気で行なうようになるのである。正体不明の武装集団が政府に異を唱える者を暗殺し、一体誰が誰の命令で殺害...

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コロンビア歴史物語 第9話

さて、二大麻薬カルテルの消滅後、アメリカに流れ込むコカインの量は減ったのだろうか?否、全然減っていないのである。なんで?90年代半ばまでに麻薬カルテルが事実上壊滅すると、今度はその穴埋めをするかのように反政府ゲリラが麻薬ビジネスに直接手を出すようになったからである。特にFARCは麻薬ビジネスに力を注いだ。95年当時、6千人ほどだった兵力は、わずか10年足らずの間に3倍の1万8千人に膨れ上がった。潤...

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コロンビア歴史物語 第8話

1985年11月6日、ボゴタの最高裁判所兼法務省ビル(正義宮殿)にM-19のメンバー35名が侵入し、市民や最高裁長官と判事12人、国会議員など500人以上を人質に取って立てこもった。M-19はベタンクール大統領との「和平のための直接交渉」を要求した。だが、最高裁を包囲した政府軍部隊はすぐさま攻撃を開始し、戦車まで使って強行突入した。人質のアルフォンソ・レイエス最高裁長官による必死の攻撃中止要請にも...

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コロンビア歴史物語 第7話

1970年代後半、アメリカのコカイン・ブームでコロンビアがコカインの一大生産地帯と化していく中、コロンビア政府と対立し内戦を続ける反政府ゲリラにとって絶好のチャンスが訪れた。コロンビア最大の左翼ゲリラFARCも、1980年代初頭までは勢力1千人ほどで、コロンビア南部のジャングルや山間部で細々とゲリラ活動を続けているに過ぎなかった。とても政権を取れるような勢力ではなかったのである。そんなへなちょこゲ...

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コロンビア歴史物語 第6話

さて、コロンビアと言えば麻薬だ。コロンビアが麻薬と切っても切れない関係になっていくのが1970年代である。アメリカでは60年代後半から公民権運動で自由化・世俗化が進んだことと、ベトナム戦争の泥沼化と敗北で社会はダメージを受け、世相は享楽的・頽廃的になっていった。世界の超大国アメリカがベトナムなんてアジアの小国に負けたのである。そのことがどれほどアメリカ人のプライドを傷つけたか想像に余りある。戦争に...

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コロンビア歴史物語 第5話

10年に及んだラ・ビオレンシアの終結後もコロンビアに平和が訪れることはなかった。1958年5月、国民戦線協定に基づく選挙の結果、自由党のアルベルト・ジェラス・カマルゴが大統領に選出された。しかし国民戦線に反対する自由党左派や共産党は武装闘争を継続し、恩赦にも関わらず武装解除を拒否した自由党系農民たちは山間部に「自治共和国」を形成して中央政府に対抗した。1959年1月、キューバでカストロの率いる革命...

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コロンビア歴史物語 第4話

1928年12月、北部のシエナガにある米国ユナイテッド・フルーツ社のバナナ農園で労働者が大規模なストライキを行なった。これはコロンビア史上最大の規模に発展し、労働者らは待遇改善を要求して町の広場を占拠した。このストを自由党左派と社会党、共産党も支援したことに恐れをなした保守党政権は、軍による武力弾圧を決定。シエナガの広場に集まったデモ隊に一斉射撃を浴びせた。死者数は60人から3000人とも言われて...

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コロンビア歴史物語 第3話

ボリーバルの死後、大コロンビアは求心力を失い、1830年にはベネズエラとエクアドルが離脱し、大コロンビアというひとつの国家は消滅した。1832年には国外追放中のサンタンデールが亡命先から帰国し、ヌエバ・グラナダ共和国大統領に就任。サンタンデールは保護貿易により経済を発展させ、奴隷貿易を廃止し、教育制度を改革するなど自由主義的な政策を行なった。1835年にはコーヒー豆の輸出も始まり、コーヒー栽培がコ...

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コロンビア歴史物語 第2話

スペインによる支配は300年近くも続いたが、18世紀も後半になると、アメリカ独立やフランス革命の影響もあり、次第に本国スペインからの独立を求める機運が盛り上がっていく。その最初の動きが1781年に起きた「コムネーロスの乱」である。ソコロ地方(現在のサンタンデール県)でタバコ税などの増税と物価高騰に苦しむクリオーリョ(現地生まれの白人)たちを中心とした増税反対一揆は、革命委員会(コムン)が結成され、...

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コロンビア歴史物語 第1話

まず、コロンビアという国がどこにあるか知らない人のために解説。世界地図を広げてほしい。南アメリカ大陸の一番上、南米の玄関に当たるところにあるのがコロンビアだ。正式名称はコロンビア共和国。北にパナマ、南にエクアドルとペルー、ブラジル、東にベネズエラと隣り合っている。面積は約113万平方キロメートル。日本の3倍強。人口は約4500万人で、日本の3分の1くらい。中南米ではブラジルとメキシコに次ぐ多さだ。...

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プロフィール

土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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