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Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。



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コロンビアのコーヒー その6


写真は桐木さんのお店にあるコーヒーの木です。

コーヒーは非常にデリケートな植物で、暑すぎず、寒すぎず、適度な気温と良質な水と土がなければ育ちません。

年中栽培が可能ですが、絶え間なく手入れをしていないとすぐダメになってしまうため、とても手間がかかるのです。

コロンビアでコーヒー豆の栽培が始まったのは1732年とも1727年とも言われており、私が調べた限りでは32年説が最も有力なようです。

ベネズエラとの国境に流れるオリノコ川の流域で、宣教師が地元の貧しい農民たちにコーヒーの苗木を与えて栽培させたのが始まりと言われています。

同じ南米のコーヒー大国であるブラジルで栽培が始まったのが1750年ですから、コロンビアの方がコーヒーの歴史は古いのです。

1835年からは輸出も始まり、コーヒー産業はコロンビアの基幹産業になりました。

1927年には「国立コロンビア・コーヒー生産者連合(FNC)」が創設され、以後はコロンビアにおけるコーヒー豆の栽培・加工・輸出はすべてFNCを通して行なわれるようになりました。

かつてコロンビアはブラジルに次いで世界2位のコーヒー生産量を誇っていましたが、近年は中国やベトナムなどの途上国での生産が増えたことや、コーヒー価格の低迷で生産量は年々減っており、現在はインドネシアに次いで4位となっています。

コロンビアのコーヒーは甘味と酸味のバランスが良いため、他の豆との相性も良く、ブレンドに使われることも多く、「基本中の基本のコーヒー」と呼ばれ、世界中で愛飲されています。


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コロンビアのコーヒー その5


せっかくなので、皮付きの生豆をいただきました。

下に産地が書いてあります。左の「ボルボーン・ロホ」という産地の豆が最高級だそうです。

日本人にとってコロンビアは遠い国ですが、コロンビア=コーヒーと誰もが連想するくらい身近な国です。

治安も今は問題ないレベルなので、是非とも一度はコロンビアに来て、本場のコーヒーを味わっていただきたいと思います。


コロンビアのコーヒー その4




1枚目の写真が皮付きの状態の豆。

2枚目が手でちょっと皮を剥いてみたところ。

3枚目が機械で完全に取り除いた状態の豆です。

これを焙煎してコーヒーミルで挽き、ドリップして美味しいコーヒーになるわけです。

昔の西部劇を見ていると、コーヒー豆の粉末をそのまま鍋に放り込んでコーヒーにし、カスをペッペッと吐いているシーンがあります。

コロンビアでも昔は「ティント」という飲み方で、黒砂糖をたっぷり溶かしたお湯にコーヒーの粉末をぶち込み、上澄みだけをすくい取って飲んでいました。


コロンビアのコーヒー その3



1枚目の写真はまだ皮を取り除いていない状態のコーヒー豆です。2枚目が皮を取り除いた状態。

日本に輸出されるコーヒー豆は、すべて皮を剥いた状態の豆で、したがって皮付きの豆は日本で目にすることはありません。

コーヒー豆の品質は、焙煎した状態からどんどん落ちていきます。生豆の状態では2年程度保存できますが、いったん焙煎してしまうと3日ほどで味も香りも落ちてしまうため、生豆の状態で保存しておき、必要に応じて焙煎します。

しかし、桐木さんに言わせれば、「コーヒー豆は皮を剥いたらどんどん質が落ちてしまう」ため、皮付きの状態で保存しておくのが最も理想的なのだそうです。

つまり、日本ではどんな高級コーヒー専門店でも、皮付きの豆は手に入りませんから、本当においしいコーヒーは現地でしか飲めないというわけです。

コロンビアのコーヒーを飲んでしまうと、もう日本のコーヒーはまずくて飲めませんね。


コロンビアのコーヒー その2




写真はコーヒー豆の表皮を取り除く機械です。

私はコーヒーが大好きで、日本でも1日に5杯は飲むのですが、正直、コーヒー豆がどのように栽培され、加工されてコーヒーになるのか、ほとんど知りませんでした。

私はてっきりコーヒー豆は「黒い」と思っていたのですが、生豆は普通の豆と同じで白っぽい緑色です。「コーヒーチェリー」と呼ばれるサクランボのような赤い果肉に包まれているのが豆で、これを水で洗い、天日で干してから加工します。

我々が日本で目にするコーヒー豆は焙煎したものですから、私も「コーヒー豆は黒い」と思い込んでいたわけです。

桐木さんのお店では、皮を剥いていない状態の豆を保存しておき、必要に応じて皮を剥き、焙煎するので、鮮度が落ちていない最高の豆を味わうことが出来ます。


コロンビアのコーヒー その1



コロンビアと言えば何と言っても「コーヒー」ですが、写真はボゴタ市内にある『キリ・カフェ』というコーヒー専門店です。

オーナーは日本人の桐木さんという方で、もう30年も前に当地に移住し、コーヒー豆を知り尽くしているというプロフェッショナルです。

2枚目の写真左下にある「サンタマルタ」が最高級のコロンビア豆で、私もご馳走になりましたが、少し酸味があって香りが口の中いっぱいに広がりました。

コロンビアでも専門店でないと味も何もないまずいコーヒーを飲まされます。これは良質な豆をどんどん国外に輸出してしまい、国内には売れ残りが出回っているためです。

桐木さんのお店では、日本はもちろんコロンビアでも滅多に飲めない上質のコーヒーを飲ませてくれます。当地に訪れた方は是非、お試しください。


コロンビアのファストフード



私はファストフードはあまり食べませんが、コロンビアでもファストフード店は人気があり、ボゴタでは「ココリコ」というフライドチキンの専門店があちこちにあります。

これは「フリスビー」というお店です。小麦粉の薄い皮でフライドチキンとチーズと野菜を挟んだものが人気で、「ソカ」というあまり甘くないパッション・フルーツのジュースを注文しました。

コロンビア人がたいへんな甘党であることはすでに紹介しましたが、ここでは飲み物もやたらと甘いものが多く、「ポストボン」というオレンジ味やグレープ味のジュースをよく売っています。


コロンビアの音楽



コロンビアの音楽と言えば「バジェナート」という民族音楽が有名です。他にもカリブ海沿岸地方の「クンビア」や、ベネズエラとの国境地帯の「ホローポ」などがあります。

あとはサルサも人気がありますが、コロンビアがアルゼンチンに次いでタンゴが有名な国であることはあまり知られていません。

アルゼンチンの有名タンゴ歌手のカルロス・ガルデル(1890~1935)は、コロンビアのメデジンで飛行機事故で亡くなっており、当地でもたいへんな人気があります。

写真のCDはカルタヘナで買いました。コロンビアでは結構人気がある歌手のCDのようです。


コロンビアのテレビ


私はあまりテレビを見ませんが、コロンビアではカラコル・テレビという国営テレビが流れていて、夕方のニュースを見ます。

この日はコロンビアの大臣がワシントンを訪問しているニュースと、全盲のピアニスト夫妻の特集、モンセラーテの丘の登山道についてやっていました。

コロンビアは親日的な国なので、震災直後からサントス大統領が支援と連帯を表明したり、ボゴタの日本大使館に記帳に訪れたりしました。

日本の震災や原発事故についての報道も流れていますが、当地では大きな地震が少ないのと、原発がないため、一般のコロンビア人にはあまりピンと来ないようです。

ただ、3月の大地震の津波は遠く離れたコロンビアの太平洋岸にも到達し、人的被害はなかったものの、漁船がひっくり返るなどの被害は出たようです。


コロンビアのエメラルド



コロンビアと言えば「コーヒー」と「エメラルド」ですが、これはカルタヘナの専門店で購入しました。

形がコロンビアの国土です。中央のエメラルドを先住民の守り神が担いでいる、というデザインが気に入りました。

本体が300ドル、金のチェーンが80ドルです。

エメラルドはボゴタでも売っていますが、100ドル以上払わないといいものが買えないのと、素人は偽物をつかまされやすいので注意が必要です。

信用のおける専門店で保証書付きのものを買いましょう。


ボゴタの夜のラッシュ



ボゴタに戻ってきたのは夕方でした。

熱帯のカルタヘナから急に標高2600メートルのボゴタに戻ると、さすがに肌寒かったです。この日は雨も降っていたので、いきなり夏から冬になったような感じでした。

写真はボゴタの夜のラッシュです。すでに述べてきたように、ボゴタには鉄道がなく、公共の交通機関はバスとタクシーだけですから、朝夕のラッシュ時はどの道も大渋滞します。

私はタクシーを利用しますが、当地ではタクシーメーターと運転手との交渉で値段を決めるので、注意してメーターを見ていないと不正操作されて高額の料金を吹っかけられたりします。

明らかにメーターが速い時は途中で降りて別のタクシーを探すのですが、ここではせっかちなドライバーが多く、まだ客が乗っていないのにいきなり発車する運ちゃんもいて、少しも油断は出来ません。

ところで、コロンビアは中古車の輸入を法律で禁止(国内産業保護のため)しているため、ボゴタでも年代物の車を見かけることが多いのです。

2枚目の写真のバスは「ボンネット型」です。日本でも昭和40年代ごろまでは全国で当たり前に見られたものですが、その頃に走っていた車が今でも普通に走っています。

車検制度があってもほとんどまともに機能していないため、「故障して初めてエンジンオイルがなくなっていることに気付いた」というドライバーもいますし、ラッシュ時の排ガスのひどさは日本の比ではありません。

日本人のAさんも「中古車輸入の規制さえなければ、私もここで日本から中古車を輸入して稼げるんですけどねえ」と話していました。


マグダレーナ川


カルタヘナを離れ、一路ボゴタへ飛びます。

写真は機内から撮影したコロンビアの大河「マグダレーナ川」です。全長約1540キロ。コロンビア西部を南から北にかけて流れ、カリブ海に達しています。

川の名称は新約聖書の外典「マリアによる福音書」に登場する「マグダラのマリア」にちなんでいます。

解放者ボリーバルは晩年、ヨーロッパへ向かうため、ボゴタからマグダレーナ川を下っていき、カリブ海のサンタマルタで最期を迎えました。

かつての同志たちに裏切られ、自らの無力を悟った英雄は、どんな思いでこの川を下って行ったのでしょう。


カルタヘナのランチ




腹が減ってきたので、カルタヘナの下町のレストランに入りました。

前菜はジャガイモのスープ。あっさりした塩味で美味です。

メインは白身魚のフライにトマトソースをかけたもの。ライスにも味付けがしてあります。付け合わせの野菜の隣にあるのはナスのフライでした。

デザートはバナナのケーキ。コロンビアではいつも食後に甘ったるいデザートが出てきます。しかも食事中に大甘のジュースを飲んでいるので、甘いものが苦手な私はお手上げ状態。

コロンビア人に言わせれば、「食後に口の中がしょっぱいのは嫌」なのだとか。だから、食後は塩味を吹き飛ばすくらい甘いスイーツが欲しいのでしょう。

アメリカ人の甘党は有名で、私は昔、西海岸を旅した際、カリフォルニアのスーパーで菓子パンを買ったら、ただでさえ甘いパンに粉砂糖の袋がついて出てきたので辟易したものですが、コロンビア人も甘党という点では負けていません。

ボゴタでは、缶入りの練乳(コンデンス・ミルク)をそのまま飲んでいるおっさんを見かけました。見ているだけで口の中が甘くなってきそうでした。


カルタヘナのボリーバル像


独立の英雄シモン・ボリーバル(1783~1830)の銅像です。

ボリーバルの像はボゴタのボリーバル広場が有名ですが、私はカルタヘナの方が好きです。

ボゴタのボリーバル像は「これが国民的英雄か?」と思うくらいサイズが小さく、あまり見栄えがしないのですが、カルタヘナのボリーバル像は写真のように騎乗で堂々たる風格があります。

ボリーバル像の周辺には多くの市民が集まっていて、この日は平日なのですが、昼間から暇そうにぶらぶらしている人が多かったです。


サン・ペドロ教会




こちらはカルタヘナで最も古い教会。

サン・ペドロ教会と言います。これもスペイン時代の建造物ですから、築400年以上は経過しているでしょう。

個人的な感想ですが、コロンビアの教会はボゴタが地味で、カルタヘナのそれは華やかさがあります。

コロンビアのノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア・マルケスは、カリブ海沿岸のアラカタカという寒村の出身ですが、彼が子供の頃、初めてボゴタを訪れ「あまりの暗さに泣きそうになった」と語っています。

確かにカルタヘナが明るく華やかな雰囲気なのに対し、ボゴタは暗くて地味という印象を受けます。

コロンビアは日本の3倍という広大な国土を持ち、非常に多様な環境を持った国ですから、地域ごとの特色に大きな違いがあり、国民性もかなり異なってきます。

日本でも「県民性」というものがありますが、コロンビアはそれがさらに進んでいて、たとえば中部のアンティオキア地方の人々は、自分たちが「コロンビア人」である以前に「アンティオケーノ(アンティオキア人)」であるという意識が強いのです。

そのためコロンビアでは経済の実権が外国資本に握られてしまっているにも関わらず、アンティオキア地方の経済だけはアンティオケーノによってしっかり守られているのです。


カルタヘナ市庁舎


これはカルタヘナの市庁舎。

スペイン様式のコロニアル建築の瀟洒な建物が立ち並んでいます。


カルタヘナの下町


カルタヘナの下町です。

ここもスペイン統治時代に作られていった町で、当時の面影が色濃く漂う通りです。

19世紀の独立戦争では、本国スペインの大軍と独立軍の間で121日間にもわたる激戦が繰り広げられたところですが、今はのんびりゆったりした空気が流れていて、治安も良く、私は汗を拭きつつぶらぶらと歩き回りました。







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