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カルタヘナの海

カルタヘナの海です。これはカリブ海ですが、大西洋ともつながっています。もっと天気が良ければブルーインクを流したような鮮やかな青い海なのですが、この日は雲が多くて灰色がかった青でした。...

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カルタヘナの犬

カルタヘナの商店街で気持ちよさそうに昼寝している犬を見つけました。コロンビアはどこの町でも犬をよく見かけますが、日本のように首輪をはめて飼い犬にしているわけではなく、ほとんど野良犬のように放し飼いにされています。日本だったら飼い主の責任問題になるところですが、ここでは誰も気にしません。犬は車道でも我が物顔で走り回っていますし、お店の中に入ってきても誰も追い出そうともしません。犬もたくましくそこらへ...

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カルタヘナの商店街

城塞を後にし、カルタヘナの商店街にやってきました。コロンビアのお店はどこも派手な原色を多用した華やかな造りで、日本人からすればちょっとくどいようなところもありますが、カルタヘナの人たちはいずれも親日的で、フレンドリーでした。私はここでジャッキーという女の子と親しくなりましたが、彼女は日本文化が好きで、日本語を勉強しているそうで、流暢な日本語を話して私を驚かせました。ジャッキーは本名がジャクリーンと...

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城塞の壁

城塞の壁をよく見てください。サンゴと石灰岩を砕いてセメントを作り、レンガを積み上げて作っているのが分かります。大変な重労働だったと思います。奴隷たちを酷使して作らせた暗い歴史の証人でもある城塞は、今は多くの観光客で明るくにぎわっているのでした。...

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城塞の監視塔

城塞上部の監視塔です。銃眼が開けられていて、かつてはここで兵士が迫ってくる敵に狙いを定めていたのでしょう。私は日本の城郭も好きですが、カルタヘナの城塞はスペインと南米の文化がミックスされた独特の雰囲気があって、日本のとはまた違った良さがあります。...

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城塞の大砲

大砲をアップで見てみましょう。下の方に小さな穴がありますね。筒先から火薬と弾を押し込み、下の穴から火をつけて発射していたのです。ひんやりと冷たい大砲の触感を楽しみながら、かつてはこれが触れないほど熱くなるくらいの戦いが行なわれていたのだな、と思いました。...

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サン・フェリペ城塞内部

城塞の上にやってきました。ここはスペイン軍が外敵や海賊からカルタヘナの町を守るために築いたもので、とても堅牢な造りになっています。スペインがこの地を征服した直後の1536年から建設が始まり、およそ20年の歳月をかけて完成しました。写真でも分かるように、大砲はすべて海側を向いています。カルタヘナは度々、金銀財宝を狙うイギリスやフランスの艦隊、海賊たちの襲撃を受けましたが、この城塞のおかげで侵入者たち...

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城塞の地下道

中は薄暗いです。小さな部屋がいくつもあり、昔はここに兵士が待機していたということです。内部は湿気がひどく、床はツルツルと滑りやすいです。この先はどんどん道幅が狭くなり、しかも傾斜がきつくなってきて、足元も悪いので、私は転ばないように歩くのが精一杯でした。昔はろくな照明もない(ロウソクやカンテラ程度のものでしょう)のに、よくこんなところで戦ったと思います。昔の人は現代人の想像を絶する強さがあったのか...

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城塞の砦

城塞の砦です。右下に見える入り口から中に入ると、狭い地下道が延々と続いています。では、中に入ってみましょう。...

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城塞から市内を望む

城塞の上から市内を眺めます。カルタヘナもカラフルな色彩の家が多いです。この日は雲が多かったのですが、日差しはさすがに熱帯らしいキツさで、私は一日で真っ黒に焼けました。少し歩くだけで汗が噴き出してくるので、水売りからミネラル・ウォーターを買って飲みました。一本2000コロンビア・ペソ(約80円)。コロンビアは水資源の豊富な国で、海外では珍しく水道の水質がよいので、飲み水に困るということがありません。...

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昔の大砲

これは大砲。実際に使われていたものですが、今はただゴロンと置いてあるだけなので、「もうちょっと展示の仕方を工夫しろよ!」と思いました。...

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城塞の入り口

城塞の入り口には「観光警察」という警察官が立っていて、しっかりガードしてくれていますから、スリやひったくりを気にする必要はありません。この日は観光客は少なかったですが、私が長い坂を登っていくと、物売りのお兄さんが「チャイニーズだ!」と大喜びして帽子や土産物を売りつけてきました。「ノー、ハポン!(違う、日本人だ!)」と言ってやりましたが、ここでも中国人の旺盛な経済力は知られていますから、今は日本人よ...

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サン・フェリペ城塞

こちらは世界遺産の「サン・フェリペ城塞」です。なぜか巨大な靴のオブジェがあります。何のためにこれを作ったのかはよく分かりません。コロンビア人はとにかくこういう訳の分からないものを作りたがります。...

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修道院の装飾

これも修道院の内部です。手の込んだ装飾が施されていますね。...

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修道院の主たち

写真はかつての修道院の主たちの顔ぶれです。中央の一番下にシモン・ボリーバルがいますね。私はつくづく思うのですが、よくこんな暑苦しい服装で冷房のない時代を過ごせたものだと思います。...

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大砲の砲弾

これは昔の大砲の弾です。カノン砲と呼ばれる大砲にこの砲弾と火薬を詰め、点火して発射しました。この時代の砲弾には火薬が入っていないため、命中しても爆発することはなく、対象を破壊する程度のものでした。...

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黄金製の飾り

これは修道院に展示されているスペイン時代の黄金製の飾りです。近くで見ると非常に細かく作り込まれているのが分かります。かつてスペインは「太陽の沈まぬ帝国」と言われ、コロンビアをはじめ中南米に広大な植民地を持ち、栄耀栄華を極めたものですが、今は見る影もなく落ちぶれ、ギリシャ危機から始まったヨーロッパの経済危機は今やスペインにも拡大しそうな状況です。コロンビアという国名の由来は、アメリカ大陸の発見者クリ...

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カルタヘナの高級住宅街

こちらはカルタヘナの高級住宅街を見下ろしたところ。お金持ちのお屋敷が立ち並んでいます。どれも歴史を感じさせるものばかりで、私がわざと民家を指さしてエンカルナシオンさんに「Casa de Bolivar?(あれはボリーバルの家か?)」と尋ねると「no,no(違う、違う)」と言って彼は笑っていました。コロンビア人は笑いの沸点が低いのか、よく笑う人が多いです。ただ、コロンビアでも地域によって国民性の違いはあり、内陸部のボゴ...

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修道院の絵画

写真は修道院の壁に掲げられている絵画。昔の奴隷たちを描いたものです。スペイン人は先住民のインディオを奴隷にし、彼らを農園や鉱山での労働力として酷使しましたが、小柄であまり体力のない彼らは厳しい労働に耐え切れずに次々に死に絶えていきました。そこでアフリカから屈強な黒人奴隷を連れてきて働かせたのですが、独立戦争で活躍したのも彼らでした。彼らの子孫は今もアフロ・コロンビアーノ(アフリカ系コロンビア人)と...

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修道院の中庭

これはポパの丘の頂上にある修道院の中庭です。これも築400年以上です。カルタヘナも大きな地震がないため、後述する世界遺産の城塞をはじめ、数多くの歴史的建造物がそのままの姿で残されています。スペイン風の家屋には必ず、写真のようなパティオ(中庭)があるのですが、カルタヘナのような暑い土地でも快適に過ごせるよう、大きな窓が海に面して開けられていて、涼しい海風が吹き込んでいきます。クーラーのなかった時代、...

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カルタヘナの街並み

さあ、これがカルタヘナの街並みです。カルタヘナは4つの地区から成り立っている町で、それぞれが独立した島のようになっていて、ポパの丘から見下ろすと大きな湖の中に町が浮かんでいるように見えて面白いです。写真でもお分かりいただけるかと思いますが、入り組んだ入江が広がっていて、カルタヘナは「天然の要害」です。この地勢条件が長い間、この町を外敵から守ってきました。19世紀の独立戦争では、コロンビアの独立を阻...

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ポパの丘

カルタヘナの町を見下ろす「ポパの丘」にやってきました。ここは標高187メートル。1606年に建てられた古い修道院があります。写真は修道院の入り口です。カルタヘナに訪れる人は必ずここにやってきますが、カルタヘナは観光地でもあまり開発が進んでいないため、ここまで来るにはタクシーを使うしかありません。私はここでエンカルナシオンさんという黒人の方と親しくなり、彼のガイドでカルタヘナを巡ったのですが、市中心...

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カルタヘナ港

写真はカルタヘナの港です。左手に見えるのはアメリカ海軍の戦艦で、運よく寄港しているのを撮影することが出来ました。この日は朝から雲が多く、「ひょっとしたら一雨来るかな」と思っていたのですが、幸い、昼前から晴れてきて気温も上がり、午後は32℃の暑さになり、もともと暑さに弱い私は汗でグショグショになってしまいました。カルタヘナ港はコロンビア最大の貿易港で、ここからいろいろなものがアメリカや欧州に積み出さ...

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カルタヘナの朝

カルタヘナは着いたのが夜だったので、本格的な観光は翌日からになりました。写真は朝5時ごろのカルタヘナ市街。人口が少ないせいか、ボゴタのようなラッシュはありませんが、コロンビアはどこの町でも真っ黒な排ガスを吐き散らして走る車ばかりですから、ここも朝からガソリンと排ガスの混じったような匂いが漂ってきます。私は海外に行くと、その国の「匂い」が強く記憶に残るのですが、その国独自の匂い、その国にしかない匂い...

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カルタヘナの夜景

しばらくボゴタ周辺をうろうろした後、私はコロンビア随一の観光地・カルタヘナへ飛びました。カルタヘナはボゴタから飛行機で約1時間半の距離。ボゴタのエル・ドラード空港からコロンビアのアビアンカ航空の国内線旅客機で行きました。ちなみにアビアンカ航空は南米で最も古い航空会社(1919年創設)であり、オランダのKLM航空に次いで世界で2番目に古い航空会社です。ボゴタは海から遠く離れた内陸にあるため、古くから...

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コロンビアのトマト

食後はぶらぶらとその辺を歩きました。日本ではコロンビアと言えば「治安の悪い危険な国」というイメージばかり先行していますが、ここに来れば全然そんなことはないということが分かると思います。私は外を歩いていて身の危険を感じたことなどありませんし、ゲリラも盗賊もいません。銃声も聞こえてきません。軍人や警官の姿はよく見ますが、どこの町にものんびりゆったりした空気が漂っています。今のコロンビアはまったく危険で...

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築400年の老舗レストラン

写真はネモコンの老舗レストランです。なんと、この家はスペイン統治時代のスペイン軍将校の邸宅で、築400年という代物です。19世紀の独立戦争時には、このあたりも激戦場になったのですが、戦火を逃れてよく生き残ったものです。ここで私は「クラブ・コロンビア」というコロンビアの地ビールを飲み、豚肉のソテーと牛肉のステーキを食べました。芸術家志望の青年がボーイをやっていて、店内には彼が描いたという前衛的な絵画...

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カラフルなトイレ

地上に戻ると、さっきまで晴れていたのに、雲行きが怪しくなってきました。ネモコンは岩塩鉱山以外に特にこれと言って何もない町ですが、写真のようなカラフルな色彩の家が多く、しかもそれがスペイン統治時代に建てられた築400年以上という歴史的な建造物だったりするので面白いのです。写真はトイレなのですが、遠くから見ると、ちょっと洒落た何かのお店みたいに見えます。腹も減ってきたので、小用を足してから、昼食に行き...

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ネモコンの石炭

ネモコンでは岩塩だけでなく、石炭も産出されます。私が手に持っているのは石炭ですが、よく見てください。ちょっと白っぽくなっていますね。これは「塩を含んだ石炭」なのです。岩塩と石炭が同居している鉱山は世界でも珍しく、この他にもさまざまな種類の鉱物が採れます。ネモコンの坑道は浸水や崩落が激しく、あと10年もすれば閉鎖されてしまうかもしれません。他ではなかなか見られない貴重なものがいっぱいありますから、日...

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フンボルト像

写真はドイツの自然学者、アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769~1859)の蝋人形です。ネモコンの坑内にあります。彼は19世紀にコロンビアを訪れ、地質調査などを行ないました。彼の名前は南米の太平洋沖を流れる「フンボルト海流」や、南極に住む「フンボルトペンギン」などの名前で知られています。ろくな装備もなかった時代、よくこんなところまで探究心を持って調査に来たものだと感心します。ちなみにフンボル...

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塩のつらら

少し分かりにくいかもしれませんが、写真はいずれも「塩のつらら」です。文字通り、地中から染み出した塩水が長い年月をかけて固まり、つららのように伸びたものです。これはシパキラでは見られないものです。ネモコンの坑道はあまり手入れされていないため、こうした珍しいものがあちこちで見られます。残念なことに、ネモコンの坑道では地下から湧き出してくる塩水の量がどんどん増えていて、時々ポンプで汲み出しているのですが...

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世界最大の塩の結晶

写真はネモコン坑道内の教会です。こちらはシパキラの岩塩教会ほどの派手さはありませんが、2枚目の写真に見えるハート形のものは塩の結晶を削って作ったものです。これだけで重さが1.6トンもあります。純粋な塩の結晶でこれほどの大きさのものは世界でもここネモコンだけだそうです。塩で出来ているので、背後から照らすとご覧のように透けて見えます。世界的にも大変に貴重なものなのですが、コロンビアは長年の内戦で観光業...

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塩の泉

これが「塩の泉」です。底は浅く、50センチくらいでしょうか。底をよく見てください。所々に白い塊が見えると思います。これは溶け切れずに残った塩の塊です。この泉の塩水の塩分濃度は海水の3倍もあると言われています。これほどの濃さになると、飽和状態で塩が溶けないのです。小学校の理科の実験でやったように、コップの水に塩をどんどん溶かしていくと、やがて塩が溶けなくなるのと同じ現象です。人間が横たわれば普通に浮...

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1億年前の海

これは岩の隙間から染み出た塩分が固まって出来た「塩の滝」です。写真はほんの一部です。これがずーっと何十メートルも続いているのです。その先には塩水が溜まって出来た「塩の泉」があります。写真では分かりにくいと思いますが、表面は濡れていて、今もトクトクと塩水が湧き出しています。舐めてみると、確かに塩辛いです。それは1億年前に地中に閉じ込められた海水です。私は1億年前の海を味わっているのです!...

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ネモコンの坑内

子供の頃に夢中で読みふけったSF小説の地底探検みたいな光景ですね。暗くて分かりにくいかと思いますが、ここは横にずーっと溝が流れていて、掘り出した岩塩を水で溶かし、ポンプで地上に汲み上げて、塩を採り出していました。今は廃坑になっていますが、かつてネモコンは岩塩鉱山の町として栄えたところでした。左手に見える電灯は1930年代に実際に使われていたものです。力自慢のロハスという労働者は、一度に160キロも...

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塩のマリア像

長く暗い坑道を下っていくと、岩塩を掘り抜いたところに聖母マリアの像がちょこんと立っていました。まるで雪の中にいるみたいでしょう?でもこれ、全部「塩」です。ここではもはや岩塩の採掘は行なわれていませんが、かつては労働者たちがここで作業中の安全を祈り、薄暗い坑内へ向かっていったのでしょう。...

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ネモコンの岩塩坑道

さて、ネモコンの岩塩坑道に入ってみましょう。こちらは観光地化されていないせいか、ほとんど観光客の姿を見かけません。この日は私だけでした。おかげで「貸し切り状態」だったのですが、ネモコンの坑道は整備されていないため、中も暗く、地面は地下水でツルツルと滑りやすく、手すりは細いユーカリの木なので、注意していないと転んでしまいます。それでも一見の価値があります。こちらはシパキラに比べて規模は小さいのですが...

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コロンビアのチーズ

歩き疲れたので、ネモコンの喫茶店に入りました。私は甘党ではなく、日本では自分から甘いものを食べることなどないのですが、コロンビアでは高地で体力の消耗が激しいせいか、やたらと甘いものを食べることが多いです。写真は「クアハダ」というこの地方独特のチーズです。一見すると豆腐のようですが、食感もまさに豆腐のようで、不思議な食べ物です。このあたりでよく採れる木イチゴのソースをかけていただきます。甘酸っぱくて...

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ネモコンの町

シパキラの北約15キロにはネモコンという小さな町があります。ここも岩塩で有名なところなのですが、すっかり観光地化しているシパキラに比べて知名度はあまり高くなく、言わば「隠れた穴場」になっています。ネモコンという地名は、かつてここに住んでいた先住民ネメケン族にちなみ、スペイン統治時代に作られた大変古い町で、400年の歴史があります。こじんまりとした田舎町なのですが、赤茶けたレンガ造りの町並みが広がり...

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塩のプール

掘り出した岩塩の塊は、この大きなプールに投げ込んで溶かし、濃い塩水にしてから煮詰めて塩を採ります。今もシパキラの周辺には製塩工場が立ち並び、高い煙突から煙が立ちのぼるところを見ることが出来ます。お土産に塩を売っているのですが、食用にするよりも、入浴剤のように岩塩の塊をお風呂に入れると血行が良くなり体が温まるので、ボゴタのような高地では重宝すると思います。...

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塩の滝

これは岩の間から染み出してきた塩分が凝固したものです。青くライトアップされていますが、ゴツゴツした溶岩のような岩塩の塊が延々と続いていて、まるで「塩の滝」が流れているようです。硬そうですが、指でちょっと擦るとジャリジャリと塩がはがれてきて、舐めてみるとしょっぱいです。...

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シパキラの岩塩教会

坑道の奥には「シパキラの岩塩教会」があります。その名の通り、岩塩で作られた教会なのです。ここで働いていた鉱山労働者たちが、安全を祈願するために作ったものですが、青や赤の照明でライトアップされていて、まるで「地底の竜宮城」のような神秘的で幻想的な光景です。十字架の前にある台の上が白くなっていますが、これはすべて塩です。十字架も台も壁も天井もすべて岩塩で出来ています。海に囲まれた島国の日本では、岩塩が...

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シパキラの岩塩鉱山

坑道の入り口には等身大のマネキンが立っています。ここは地下180メートルまで掘り抜いた全長1キロの坑道が広がっており、この日はよく晴れていて汗ばむくらいの陽気でしたが、坑道の中はひんやりしていて涼しかったです。坑道の壁には白い塩が噴き出していて、ちょっと触って舐めてみると塩辛いのなんの。どこからともなく潮の香りが漂ってきて、かつてここが海の底だったことをうかがわせます。周りは海のカケラもない山の中...

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シパキラ

さて、ボゴタを離れた私は、郊外のシパキラという町にやってきました。ここはボゴタから北に約50キロ、車で1時間ほどのところにあるのどかな田舎町です。シパキラはコロンビアの歴史上、重要なところでもあります。18世紀の終わりごろ、コロンビア(当時はヌエバ・グラナダ副王領)ではタバコ税などの重税と物価高騰に苦しみ、宗主国スペインからの独立を求める動きが起こりました。1781年にはソコロ地方(現在のサンタン...

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グアダルーペの丘

これはモンセラーテの丘にも近い「グアダルーペの丘」を望んだところです。グアダルーペの丘には、16世紀後半にペドロ・デ・ルーゴ・イ・アルバラシンという人が作った有名なキリスト像のある教会があるのですが、こちらの丘はモンセラーテよりも高いところにある上、アクセスの手段が険しい登山道しかないため、私も行ったことがありません。なので、遠くから白っぽい像のようなものを眺めていただくしかありません。Aさんの話...

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モンセラーテの頂上

私の腕時計は高度計の機能もついているのですが、モンセラーテの丘の頂上付近で高度は3025メートルを示していました。私はボゴタで息苦しいとか、めまいや吐き気や頭痛を感じたことはないのですが、同行していた日本人のAさんはかなり苦しそうでした。だいたい標高2300メートルあたりから高山病の症状が出てくると言われますが、個人差があるので一概には言えません。私は鈍感なのか、3千メートルの高さでも何も感じませ...

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モンセラーテからボゴタを望む

ケーブルカーを降りて、しばらく石畳の登山道を歩いていくと、目の前にボゴタの壮大な景色が広がります。この日は雨季でも奇跡的に晴天に恵まれ、まるで私にボゴタの絶景を撮ってくれと言わんばかりの天気でしたので、遠慮なく街の遠景をカメラに収めました。こうして見るとボゴタがいかに広大な盆地の中に広がる大都市かがお分かりいただけると思います。1枚目の写真はモンセラーテの丘からボゴタ市北部を写したものです。眼下に...

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モンセラーテの丘

さて、私は「モンセラーテの丘」にやってきました。コロンビアの人たちは「丘」と呼んでいますが、頂上は標高3千メートルをゆうに超しているので、どう見ても立派な「山」だと思うのですが、ボゴタが標高2600メートルの高原にあるため、ちょっと丘に登るだけでそれほどの高さになってしまうのです。ここはノルテ(市北部)から車で20分ほどのところにありますが、途中の山道はかなりの急斜面でクネクネと曲がりくねっている...

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ボゴタのラッシュ

ボゴタの朝のラッシュ時の光景です。コロンビア人は朝早くから夜遅くまで働いています。朝はまだ暗い5時くらいから交通量が増え始めるのですが、だいたい7時から8時ごろにラッシュのピークを迎えます。道路はどこもすごく渋滞するのですが、ボゴタには鉄道網がないため、市民の足は自家用車かタクシーかバスしかありません。交通渋滞を解消するため、ボゴタ市は2000年から「トランス・ミレニオ」という赤い連結式の大型バス...

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ボゴタの曇り空

今日のボゴタは朝から曇りです。ボゴタは山の中にあるので、晴れていても急に曇ってきて大雨が降ったり、雷鳴がとどろいたりするので油断は出来ません。特に今は雨季なので、ほとんど毎日のように雨が降ります。ただ、ここは赤道間近の熱帯地方にあるため、どんなに気温が下がっても雪が降ることはなく、年中日本の春か秋のようで過ごしやすいです。ボゴタは空を見上げると雲が近くて、手を伸ばせばつかめそうな感じなのが好きです...

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プロフィール

土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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