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誰も知らない 第12話

コロンビア中部・アンデスの山岳地帯にて――ゲリラのキャンプでは、二人の男が小屋の中で話し込んでいた。「ナガヌマが生きているというのは確かなのか?」「ああ、間違いない。奴は生きている」「奴は女と一緒にいるそうだな?」「カルロスを殺した女だ。奴の逃亡を手助けした」「奴らは今、サンタフェにいるのか?」「ああ、これがそのエビデンシア(証拠)だ」若い男が数枚の写真を机の上に並べた。写真を受け取ったゲリラの司令...

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誰も知らない 第11話

サンタフェでは1日に3,4人、多いときで5人から7人が殺される。仕事の依頼は後を絶たず、長沼はゲリラの協力者を何人も片付けた。良心の呵責は感じなくなっていたが、「14歳の少女を殺してほしい」と頼まれたときは、さすがにためらった。「あの少女はドロガディクト(麻薬中毒者)だ。生かしておいては為にならん」とロハスが言った。少女はバスーコという安物のコカインに手を出し、その代金を得るために盗みや売春をして...

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誰も知らない 第10話

長沼はサンタフェの町の目抜き通りをぼんやりと眺めていた。 子供たちが楽しそうにボールを蹴って遊んでいる。 無邪気な子供たちの笑い声が聞こえた。 (この子たちもいずれ、戦争に巻き込まれ、殺し、殺されるのだ) と思うと、やりきれなかった。 彼らの頭の中は真っ白だ。 染められれば何でもやる。 余計な考えがないから、やるときは残酷で、しかも容赦がない。 恐ろしいことだ、と思う。 これは思想や宗教、民族の対立から生...

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誰も知らない 第9話

長沼のゲリラを追う旅は続いた。激しい戦闘を重ねる中で、長沼は彼なりにコロンビアの内戦の実態をつかめてきていた。ゲリラとパラミリタールの戦いは、もはや政治的な対立ではなく、豊かな土地やコカ畑の権利を巡る縄張り争いに過ぎない、ということである。ゲリラもパラミリタールもコカインを主な資金源とする以上、コカ畑を広げるために農民たちを土地から追い出し、または農民にコカ栽培を強制してコカイン取引に課税するしか...

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誰も知らない 第8話

ここでコロンビア内戦の背景について少し触れておかねばなるまい。コロンビアは日本の3倍強という広大な国土を持ち、温暖な気候と肥沃な大地、豊富な資源に恵まれた国である。日本ではコーヒー豆の世界的な産地という印象が強いが、石油や石炭、天然ガス、金、銀、銅、ニッケルなどの地下資源も産出する。が、国民の7割はその日の食べるものにも困るという貧困層であり、中南米でも特に貧富の格差の激しい国である。300年近く...

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誰も知らない 第7話

「お前はチーノ(中国人)か?」パラの司令官が訊ねた。頬から顎にかけて大きな傷跡のある男だった。「ノー・エストイ・ハポネス(いや、日本人だ)」と長沼。きっと、事情を説明すれば助けてくれるだろうと思った。「お前たちはゲリラか?」司令官が酷薄そうな視線を射つけた。「違う!俺はゲリラなんかじゃない!レエン(人質)だ!逃げてきたんだ!」長沼は懸命に弁解した。ゲリラの仲間と間違われたら容赦なく殺されてしまうだ...

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誰も知らない 第6話

少女が持ってきたのはパンにケソ(チーズ)とサルチーチャ(ソーセージ)を挟んだものだ。「グラッシアス(ありがとう)」長沼は礼を言い、夢中して食べた。やわらかいパンだった。ケソは塩気がきいていて、サルチーチャの脂気も口の中でとろけた。こんなにうまいものを食べたのは何年ぶりだろうか。あっという間に食べ終わると、(ヤマさんにも食べさせてやりたかった)と思い、涙があふれた。「ムーチャス・グラッシアス!デリシ...

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誰も知らない 第5話

とうとう殺されるのだ。家畜以下の扱いを受けるくらいなら死んだ方がマシだと思っていたが、いざ自分が殺されるかもしれない状況に置かれてみると、長沼は自分でも情けなくなるくらい動悸が高鳴り、体中が勝手にブルブル震え出すのを感じた。「う、嘘だろ!俺は死にたくない!頼む!助けてくれ!」人間、死に直面するとこうも生にしがみつこうとするものなのか。生存本能がいとも簡単に理性やプライドを消し去ってしまうものなのだ...

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誰も知らない 第4話

1年半たった。この間、何人もの人質が解放されていった。「政府とゲリラの和平交渉が進んでいるらしい。うまくいけば俺たちも解放されるかも……」と期待を寄せたが、長沼と山田は経済大国・日本を代表する人質なのだ。あくまでも巨額の身代金奪取を目的とするゲリラにとって、そう簡単に手放せるわけがなかった。2年たった。単調な生活に少しでも変化をもたらすために始めたスペイン語の勉強で、長沼は今や通訳なしでも日常会話は...

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誰も知らない 第3話

「起きろ!これから出発だ!」ゲリラに叩き起こされ、長沼は目をこすりながら、「ええっ?だって、まだノーチェ(夜)だぜ……」「早くしろ!嫌なら人質は一人でいいんだぞ!」まだ外は真っ暗である。夜明け前から出発だ。「明るいと目立つからね。奴らも必死なんだろう」と山田が言った。夜が明けると、どこからかヘリコプターの爆音が聞こえてきた。長沼たちは昼でも薄暗い密林の中を歩いていたが、木々の間から軍用のブラックホー...

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誰も知らない 第2話

どのくらい走っただろうか。トラックから降ろされた長沼と山田は、他の人質たちとともに山道を何時間も歩かされ、ようやくゲリラの本拠地らしき場所にたどり着いたとき、ほとんど日が暮れていた。「こっちだ!こっちに来い!もたもたするな!」凶暴そうな髭面のゲリラに怒鳴りつけられ、人質たちはゲリラの司令官らしき男のいる小屋に連れて行かれた。「お前たちは何人だ?」順番が来ると、国籍を訊かれた。日本人と答えるのは嫌だ...

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誰も知らない 第1話

誰も知らない大学生の長沼寛人と山田陽介は夏休みを利用して、南アメリカ大陸をヒッチハイクで縦断する旅に出発した。長沼と山田は高校の同級生で、大学は別々だったが、山田はスペイン語を学んでおり、長沼はジャーナリストになりたいという夢に向かって勉強していた。無謀とも言える冒険旅行に両親の強い反対を押し切って出発した理由は、「どうせ大学を出て社会に出たら、こんなことは経験できないんだ。今のうちにいろんなこと...

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解放者~El Libertador~ 第8話

1819年8月7日午後2時、ボヤカ高原において――コロンビア・ベネズエラ独立解放連合軍最高司令官シモン・ボリーバル将軍は、ホセ・マリア・バレイロ将軍率いるスペイン帝国王党派軍の後衛部隊に対し突撃作戦を開始した。この時、カーサ・デ・ピエドラの小高い丘から戦況を見守っていた解放軍副官フランシスコ・デ・パウラ・サンタンデール将軍は、敬愛する司令官が果敢に先陣を切って敵軍の真っ只中に突入したのを見て、慌てて...

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解放者~El Libertador~ 第7話

1819年8月7日、コロンビア・ボヤカ高原において――この日、ボリーバルの率いる解放軍2850名の兵士たちは、ホセ・マリア・バレイロ将軍の率いるスペイン帝国軍2670名と最後の決戦に臨むべく、コロンビア中部・ボヤカ高原に向けて進軍した。朝露に濡れた草むらの上に腰を下ろし、食事を摂る兵士たちを見回しながら、ボリーバルはサンタンデールに言った。「何せ一癖も二癖もある連中だし、ここまで持ってくるのは並大抵...

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解放者~El Libertador~ 第6話

1819年2月26日、ボリーバルがコロンビア大統領に選任されて始まったヌエバ・グラナダ解放作戦(コロンビア独立戦争)は、同年8月10日に首都ボゴタを制圧して終結を見るまで、165日(5ヵ月と15日)にも及んだ。ベネズエラ領内から2500名の将兵を率いて出発したボリーバルは、大河オリノコ川を遡り、ベネズエラ領アプーレ州クラビーチェに上陸後、アプーレとコロンビア領カサナーレのリャノ(湿地帯)を通過し、...

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解放者~El Libertador~ 第5話

ボリーバルの軍勢は多大な犠牲を払いながらもアンデス越えに成功し、1819年7月6日、コロンビア中部の町ソーチャに到着した。解放軍は来るべきスペイン帝国軍との決戦に備え、この町で軍装を解き、ボリーバルは兵士たちに酒食を振る舞った。独立派の農民たちが嬉々として豚を屠り、赤々と熾した炭火で肉が焙られ、兵士たちの杯にはなみなみと葡萄酒が注がれた。人間の生活の基本は食欲、性欲、睡眠欲である。これらの欲望が満...

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解放者~El Libertador~ 第4話

あの誓いの日から早14年。この14年間、ボリーバルは恩師への誓いに一度も背いたことはなかった。若き日の感動的な誓いの通り、彼は全身全霊で、南米解放という大いなる事業のために邁進し続けてきた。1819年6月11日、ボリーバルはベネズエラとコロンビアの国境に近いターメの町でサンタンデールの部隊と合流を果たした。サンタンデールは5月15日、ベネズエラのマンテカールを出発し、歩兵二中隊、騎兵二大隊の総勢7...

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解放者~El Libertador~ 第3話

1819年5月23日、ベネズエラ・セテンタ村において――この日、ボリーバル軍の将校たちはセテンタ村で秘密会議を開き、モリーリョ軍との膠着状態に陥った戦局を打開すべく、ベネズエラよりコロンビアの解放が先決と決し、大きく迂回してアンデス山脈を越え、スペイン軍の裏をかく奇襲作戦に出ることを決定した。全長8千キロに及ぶ長大なアンデス山脈は、コロンビアで3つの山脈に分かれる。すなわち、西部のオクシデンタル山脈...

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解放者~El Libertador~ 第2話

1819年2月15日、ベネズエラ・アンゴストゥーラにおいて――アンゴストゥーラ(現在のシウダ・ボリーバル)はベネズエラ・ボリーバル州の州都であり、町の北を流れるオリノコ川の港町として1764年に建設された。周辺は鬱蒼たる密林に囲まれたベネズエラ東部の要衝であり、1817年7月17日、ボリーバルはアンゴストゥーラを攻め落としてここに革命政府の拠点を置き、以後、ティエラ・フィルメ(大陸の意味だが、ここで...

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解放者~El Libertador~ 第1話

解放者~El Libertador~南アメリカ大陸の北部に位置する国・コロンビア。かつて黄金郷(エル・ドラード)伝説を生み出したこの地は、温暖な気候と肥沃な大地、豊富な資源に恵まれており、16世紀の半ば、「太陽の沈まぬ国」と呼ばれたスペイン帝国のコンキスタドール(征服者)たちに征服されるまで、先住民チブチャ族の文化が栄え、ペルーのインカ帝国にも劣らぬ高度な文明を持ち、平和な暮らしを営んでいた。チブチャ族はタイ...

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コロンビアの歴代大統領

グラン・コロンビア(大コロンビア)共和国時代1819年~1826年 シモン・ボリーバル(第1次)1827年~1830年 シモン・ボリーバル(第2次)1830年 ホアキン・マリアーノ・モスケーラ・イ・アルボレーダ1830年~1831年 ラファエル・ホセ・ウルダネータ・ファリーアヌエバ・グラナダ共和国時代1831年 サントドミンゴ・カイセド・サンタマリア1832年~1837年 フランシスコ・デ・パウラ...

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コロンビアへの想い

筆者はコロンビアという国が好きである。筆者が初めてコロンビアの地を踏んだとき、首都ボゴタの空港で、入国手続きの書類の書き方が分からず、警察官が代わりに書いてくれたことを思い出す。わずかな落とし物も拾ってくれる少女がいた。「治安の悪い危険な国」というマイナス・イメージとは裏腹に、親切な人が多いのである。彼らは祖国に誇りを持ち、自国の悪いイメージを払拭しようと励んでいる。その姿に筆者は心を打たれた。コ...

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コロンビアにおけるラ・ビオレンシアについての考察

ここで、コロンビアにおける政治的な特徴についてまとめてみよう。・独立以来、基本的に議会制民主主義による政権交代が行なわれてきた・他のラテンアメリカ諸国のような武力革命は起きていない・歴史上、武力による政権打倒は3回だけである・独裁的な政治指導者は少なく、現われても短命政権で終わっている・一方で内戦が繰り返され、国情が不安定で治安が悪いコロンビアでは1819年の独立以来、基本的には議会制民主主義と選...

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コロンビア歴史物語 第15話

ウリベ政権下でコロンビアの治安は劇的に改善された。かつて農民虐殺を繰り返していたAUCも解体された。2005年に政府と武装解除に合意したAUCは3万6千人のメンバーが投降し、社会復帰の道を歩むことになった。コロンビア政府はAUCと癒着し彼らの虐殺や麻薬取引を黙認していると国際社会から非難されてきた。そんな負のイメージを払拭するため、ウリベはAUCに恩赦を与えて解散させたのである。ウリベは「正義・平...

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コロンビア歴史物語 第14話

政権発足以来最大の危機を乗り切ったウリベは、以後もゲリラ弾圧の手を緩めず、落ち目のFARCを徹底的に追い詰めていく。ナンバー2のラウル・レイエスの死の痛手はFARCにとってあまりにも大きすぎた。最高幹部マルランダの後継者と目されていただけに、レイエスを失ったことでFARCはもはや窮地へと追い込まれていくのである。3月7日、今度はイバン・リオスが殺害された。リオスはFARC最高幹部7人のうちの1人で...

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コロンビア歴史物語 第13話

2002年からFARCに誘拐されていた女性国会議員のクララ・ロハスは6年ぶりに解放されたとき、自分を監禁していたゲリラ兵士との間に一児をもうけていた。監禁中にゲリラに強姦されたのか、それとも互いに愛し合って子供を作ったのか、そのどちらかは不明である。生まれた男の子はジャングルの中で母子ともども厳しい監禁生活を送るわけにもいかず、生後間もなく母の手から引き離され、ボゴタの孤児院に預けられた。実はこの...

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コロンビア歴史物語 第12話

2002年5月の大統領選。自由党右派で対テロ強硬派のアルバロ・ウリベ候補が同じく自由党の穏健派オラシオ・セルパ候補を破って当選した。ウリベはアンティオキアの大地主の出身。ハーバード大学を無試験で卒業したほどの秀才である。彼の父親アルベルト・ウリベは1983年にFARCによって殺害されている。ゲリラに父を殺された男が大統領になったのだ。ウリベはパストラーナの対話路線を批判し「力による内戦終結」を掲げ...

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コロンビア歴史物語 第11話

アメリカ政府は最新鋭のブラックホーク戦闘ヘリをコロンビア軍に提供し、米軍の教官が対ゲリラ戦の指導に当たった。コカ栽培地には上空から「グリホサート」という強力な除草剤が撒かれた。ゲリラによる撃墜を恐れ、飛行機は3千メートルという高空から除草剤を撒き散らしたため、除草剤は霧のようになって大気中に広がり、コカだけでなく農民の食べる作物まで枯らした。除草剤を浴びたバナナは黒く変色し立ち枯れした。さらに除草...

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コロンビア歴史物語 第10話

コロンビア軍は以前から右翼の民兵組織と癒着しながらゲリラや関係者へのテロ攻撃を続けていたが、90年代に入るとさらにやり口は汚さを増してくる。殺した農民の死体にゲリラの軍服を着せてゲリラに見せかける偽装工作をするのは序の口で、現役の軍人が民兵組織とともに民間人を拉致・拷問したり暗殺といった非常手段を平気で行なうようになるのである。正体不明の武装集団が政府に異を唱える者を暗殺し、一体誰が誰の命令で殺害...

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コロンビア歴史物語 第9話

さて、二大麻薬カルテルの消滅後、アメリカに流れ込むコカインの量は減ったのだろうか?否、全然減っていないのである。なんで?90年代半ばまでに麻薬カルテルが事実上壊滅すると、今度はその穴埋めをするかのように反政府ゲリラが麻薬ビジネスに直接手を出すようになったからである。特にFARCは麻薬ビジネスに力を注いだ。95年当時、6千人ほどだった兵力は、わずか10年足らずの間に3倍の1万8千人に膨れ上がった。潤...

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コロンビア歴史物語 第8話

1985年11月6日、ボゴタの最高裁判所兼法務省ビル(正義宮殿)にM-19のメンバー35名が侵入し、市民や最高裁長官と判事12人、国会議員など500人以上を人質に取って立てこもった。M-19はベタンクール大統領との「和平のための直接交渉」を要求した。だが、最高裁を包囲した政府軍部隊はすぐさま攻撃を開始し、戦車まで使って強行突入した。人質のアルフォンソ・レイエス最高裁長官による必死の攻撃中止要請にも...

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コロンビア歴史物語 第7話

1970年代後半、アメリカのコカイン・ブームでコロンビアがコカインの一大生産地帯と化していく中、コロンビア政府と対立し内戦を続ける反政府ゲリラにとって絶好のチャンスが訪れた。コロンビア最大の左翼ゲリラFARCも、1980年代初頭までは勢力1千人ほどで、コロンビア南部のジャングルや山間部で細々とゲリラ活動を続けているに過ぎなかった。とても政権を取れるような勢力ではなかったのである。そんなへなちょこゲ...

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コロンビア歴史物語 第6話

さて、コロンビアと言えば麻薬だ。コロンビアが麻薬と切っても切れない関係になっていくのが1970年代である。アメリカでは60年代後半から公民権運動で自由化・世俗化が進んだことと、ベトナム戦争の泥沼化と敗北で社会はダメージを受け、世相は享楽的・頽廃的になっていった。世界の超大国アメリカがベトナムなんてアジアの小国に負けたのである。そのことがどれほどアメリカ人のプライドを傷つけたか想像に余りある。戦争に...

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コロンビア歴史物語 第5話

10年に及んだラ・ビオレンシアの終結後もコロンビアに平和が訪れることはなかった。1958年5月、国民戦線協定に基づく選挙の結果、自由党のアルベルト・ジェラス・カマルゴが大統領に選出された。しかし国民戦線に反対する自由党左派や共産党は武装闘争を継続し、恩赦にも関わらず武装解除を拒否した自由党系農民たちは山間部に「自治共和国」を形成して中央政府に対抗した。1959年1月、キューバでカストロの率いる革命...

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コロンビア歴史物語 第4話

1928年12月、北部のシエナガにある米国ユナイテッド・フルーツ社のバナナ農園で労働者が大規模なストライキを行なった。これはコロンビア史上最大の規模に発展し、労働者らは待遇改善を要求して町の広場を占拠した。このストを自由党左派と社会党、共産党も支援したことに恐れをなした保守党政権は、軍による武力弾圧を決定。シエナガの広場に集まったデモ隊に一斉射撃を浴びせた。死者数は60人から3000人とも言われて...

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コロンビア歴史物語 第3話

ボリーバルの死後、大コロンビアは求心力を失い、1830年にはベネズエラとエクアドルが離脱し、大コロンビアというひとつの国家は消滅した。1832年には国外追放中のサンタンデールが亡命先から帰国し、ヌエバ・グラナダ共和国大統領に就任。サンタンデールは保護貿易により経済を発展させ、奴隷貿易を廃止し、教育制度を改革するなど自由主義的な政策を行なった。1835年にはコーヒー豆の輸出も始まり、コーヒー栽培がコ...

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コロンビア歴史物語 第2話

スペインによる支配は300年近くも続いたが、18世紀も後半になると、アメリカ独立やフランス革命の影響もあり、次第に本国スペインからの独立を求める機運が盛り上がっていく。その最初の動きが1781年に起きた「コムネーロスの乱」である。ソコロ地方(現在のサンタンデール県)でタバコ税などの増税と物価高騰に苦しむクリオーリョ(現地生まれの白人)たちを中心とした増税反対一揆は、革命委員会(コムン)が結成され、...

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コロンビア歴史物語 第1話

まず、コロンビアという国がどこにあるか知らない人のために解説。世界地図を広げてほしい。南アメリカ大陸の一番上、南米の玄関に当たるところにあるのがコロンビアだ。正式名称はコロンビア共和国。北にパナマ、南にエクアドルとペルー、ブラジル、東にベネズエラと隣り合っている。面積は約113万平方キロメートル。日本の3倍強。人口は約4500万人で、日本の3分の1くらい。中南米ではブラジルとメキシコに次ぐ多さだ。...

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コロンビアの国民食

さて、コロンビアの国民食と言えば何でしょうか?日本では「ラーメン」「カレーライス」「寿司」などになりそうですが、コロンビアでは何と言っても「バンデハ・パイサ」です。写真のように大皿にライスと複数のおかずをてんこ盛りにした、かなりボリュームのある料理です。食べ方は至って簡単。まず、アボカドの果肉を適当な大きさに切ってライスに混ぜ、豆や挽肉の煮込みと一緒に混ぜて食べるだけです。手前の黄色いバナナのよう...

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土屋、コカ茶を飲む!

モンセラーテの頂上では「コカ茶」が売られています。コカの葉をティーバッグに詰め、黒砂糖とともに熱湯で煮出したものですが、土屋も飲んでみました。感想は「甘い」。砂糖水を飲んでいるような感じで、コカの味は何もしません。コカの葉は悪名高い麻薬コカインの原料として知られていますが、コロンビアでは一時期、麻薬カルテルが国家をもしのぐ勢力を誇り、米軍の介入で泥沼の麻薬戦争に突入したこともありました。しかし、麻...

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謎の高山植物

モンセラーテの頂上付近に生えている謎の高山植物です。白っぽい葉っぱは表面に産毛のようなものがいっぱい生えていて、触ると絹のように滑らかです。どういう植物なのか気になって地元の人に尋ねてみましたが、誰も名前すら知りませんでしたorz...

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モンセラーテの頂上

モンセラーテの向かい側に見えるのが「グアダルーペの丘」です。こちらは「山賊が出る」という噂なので、行く人はあまりいません。まあ、行っても見るべきものが大してない、ということもあるのですが・・・。写真で見える山々の頂は標高が3200メートルを超えています。日本なら富士山の8合目くらいの高さです。緑が青々と茂っているのを見ていると、土屋は「ここが本当に3千メートルもあるのか?」と疑いたくなるのですが、...

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モンセラーテからボゴタを望む

この日は曇りがちで、前日は雨のために行くのを断念したのですが、幸い午後になると晴れてきました。ここで高さは3200メートル。さすがに空気が薄いのか、重たい荷物を背負って山道を登ると疲れます。ボゴタは標高2600メートルのアンデスの盆地に広がる大都市ですが、ここから車で1時間半も走ると標高はほぼゼロメートルにまで下がり、年中蒸し暑い熱帯の地が広がります。週末にもなると「ちょっとボゴタを下りてプールで...

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モンセラーテの教会

モンセラーテの丘の頂上にあるバシリカ教会です。これは1538年、スペインのConquistador(征服者)たちがボゴタを攻め落とした際、初めて作った教会です。475年もの歴史があります。ボゴタの地名の由来は、かつてここに住んでいた先住民ムイスカ族の王国バカタがあったことにちなんでいますが、「バカタ」じゃなくて「ボゴタ」で本当に良かったと思います。...

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願いの泉

モンセラーテの丘には「願いの泉」という奇妙な井戸があります。後ろ向きでコインを投げて井戸に入れば願いがかなう、というものです。なんか、イタリアの「トレビの泉」に似ていますが、難易度はこちらの方がはるかに高いでしょう。何故なら、井戸の真上に円形の金具が付いていて、この中に入ってからでないと無効とされるからです。土屋もやってみましたが、無論、入るはずもなし。この日は地元の女の子たちでにぎわっていました...

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モンセラーテの丘

セントロから車で15分ほどの「モンセラーテの丘」に登りました。コロンビア人は「丘(セロ)」と呼んでいますが、頂上は3200メートルを超えているので、どう見ても立派な「山(モンテ)」なのですが、ボゴタが標高2600メートルの高さにあるため、少し丘に登るだけで3千メートルを超してしまうのです。この丘に登る手段はケーブルカー、ロープウェイ、登山道の三つがあります。我々低地に暮らす日本人は高山病をナメたら...

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ボゴタの教会

大統領府から少し坂道を登ったところにある教会です。コロンビアはキリスト教カトリックの国ですが、カトリックにも色々な宗派があり、ボゴタのこれはカルメン派の教会です。カルタヘナはアウグスティヌス派の教会が多いのですが、コロンビアは独立以来、教会の既得権益を重視する保守党と、教会権力の制限を目指す自由党との党派対立が長く続き、教会への弾圧や神父の追放も行なわれました。有名なカルタヘナの「ポパの丘修道院」...

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ナリーニョ宮殿(大統領府)

コロンビアの大統領が住むナリーニョ宮殿です。コロンビア独立運動の英雄アントニオ・ナリーニョ(1765~1823)の生家で、1908年から大統領府として使われています。2枚目の写真はナリーニョ宮殿内にある南米最古の天文台。ボゴタは高地にあり、空気が澄んでいるため、天体観測にはもってこいだったのでしょう。道路の白線から向こう側に入ると、警備中の兵士に注意されます。近年はテロも激減していますが、ほんの1...

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国会議事堂と議員会館

国会議事堂からナリーニョ宮殿(大統領府)を見たところです。右側の建物が国会、車が停まっているところの左側が議員会館です。国会と議員会館は地下通路でつながっているそうです。この周辺は要人が多くいるため、マシンガンで武装した兵士や警官が沢山いて警戒していますが、最近はあまりうるさいこともなく、土屋は手荷物検査を受けることもなく歩けました。土屋は以前、ここで現職の法務大臣の乗る車にお目にかかったことがあ...

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ボゴタのボリーバル像

ボリーバル広場に立つ独立の英雄シモン・ボリーバルの銅像です。ボリーバル像はコロンビア各地にありますが、ボゴタのは小さくてあまり見栄えがしません。カルタヘナのは騎乗で威風堂々としていますが、ボゴタの銅像はまるでお地蔵さんのようです。この日、ボリーバルの銅像は白いTシャツを着ていました。無論、ボリーバルが着たのではなく、ボゴタ前市長の解任に反対する市民のデモ隊が勝手に着せたものです。ボゴタでは2年前、...

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プロフィール

土屋正裕

Author:土屋正裕
画像は南米コロンビアの首都ボゴタ中心部のボリーバル広場。明星学苑卒。

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